夜明け前
<20>
 
 
 曹 丕
 

  

 それから、幾日経ったことだろう。

 私は……いや、我らはただひたすらに、孫呉からの密使を待ち続けた。

 

 不安定な三成とは、それからも幾度か肌を重ねることはあったが、特に我らの関係が変わることはなかった。

 三成は相も変わらずワガママなくせに神経質で、目を離すことができないが、それもやはり以前からのもので、なんら変わることはなかったのだ。

 

 密書が到着したのは、秋の草花が咲き乱れ、風が冷たくなってくる時分であった。

 

「……三成、平静を装い、我が室へ……」

 私は三成に低く声を掛けた。

 こちらの目の色を読んだのだろう。三成が無言で後を着いてきた。

 

「曹丕……!」

「……三日後だ。いよいよだな」

 私はすでに見た書状を、三成に渡した。

 呉の周瑜どのからの密書だ。

 

「まずは孫呉を中心とした反遠呂智軍が、兵を挙げる。我らはそれを合図として、反旗を翻す。……呉からの文書によると呼応する軍団がいくつかあるらしい」

「……その辺りは曖昧だな。呉の連中も十分に把握していないのだろうか」

 三成がもどかしげにそうつぶやいた。

「難しいだろうな。だが、孫呉を中心とした軍勢と、この城に留まる我が軍が力を合わせれば、包囲網は突破できよう。いよいよ私たちも反遠呂智の軍として行動できる」

 私は三成をなぐさめるでもなく、そう応える。

「そう……だな。……お、俺は軍の編成を考えてくる」

「三成。今はよけいなことは思い煩うな。三日後の戦で勝ち残ることだけを考えろ」

「わ、わかっている」

「……具合は?大丈夫だな」

「問題ない。……必ず成功させるぞ、曹丕」

 そう言って、三成は自室にこもった。

 

 

 

 

 

 

 三日後。

 

 その日は朝から驟雨であった。

 雨の日はことさら三成の機嫌が悪くなるのが常であったが、今日の雨はありがたい。きっと彼もそのように感じているはずだ。

 混乱に乗じて、孫呉の兵が上陸しやすくなるだろうし、こちらの挙兵も容易になる。

 

「三成、全軍戦闘準備完了だ。いつでも出撃できる」

「……了解」

 我らの挙兵を、まだ知られるわけにはいかない。

 気配を遠呂智軍に気取られぬよう、十分な注意がいる。その中での軍備は実際大変な重労働であったが、機会は一度だけだ。

 

  昼前。

 突如、海岸線から、ウオォォォォォ!という雄叫びが響き渡った。

 常ならば野戦というものは、深夜や明け方に仕掛けられるものだが、あえて敵の裏をかくため、このもっとも緊張感の弛む時間を選んだのだ。

 

 ウオォォォォォ

 

 地を揺るがす歓声。

 いざ、この刻だ。

 

「曹丕……!進軍だ」

 するどい声に、私はすぐさま立ち上がった。準備は万端。あとはいかに軍を動かして、反遠呂智軍と合流するかだ。

 

「全軍、反旗をかかげよ!これより我らが軍は、遠呂智より離反するッ!」

 オオォォォォォ!

 長きにわたり抑圧された兵士たちの雄叫びは、秋雨をものともせずに響き渡った。