夜明け前
<21>
 
 
 曹 丕
 

  

 

「怖れるな、勝利は我にありッ!」

 私は軍の先頭で、皆を鼓舞した。

 張遼、典韋のふたりが、両翼を率いている。

 軍師の三成は、軍の中程にいるはずだ。

 

 打ち合わせた道を、海岸に向かってただひたすらに走り抜ける。

 遠呂智軍を相手に戦うのは、孫呉の連中と合流してからだ。

 

 しかし、敵もさるもの、そう易々と我らを逃すつもりはないらしい。

 奇怪な一つ目をした鬼が一軍を率いて左翼にぶつかってきた。

「よくも遠呂智様を裏切ったな、人間よ!皆殺しにしてくれる」

「隊列を乱すな。張遼、頼む!」

 左翼の先頭を掛けていた張遼が、馬首を切り返し、

「遼、来、来!」

 と叫んで、敵と対峙した。

 私の率いる本隊は何が何でも、湾岸方面へ走る。そこには孫呉を中心とした味方が布陣しているはずだ。

「ブッヒヒ、骨の髄まで砕いてやろう」

 右翼から巨体が伸び出してきた。

 甘い期待はできそうにない。想像以上に遠呂智軍の初動が早いのだ。

 典韋が軍を率いて、右翼に現われた敵軍を引き受けた。

「ひるむな、進めーッ!」

 オオオォォォ!

 と鬨の声が響いた。

 まもなくだ。まもなく周大都督の海からの軍勢と合流できるはず……!

 

「やってくれるわねぇ、曹丕さん!」

 聞き慣れた女の声を真横に聞いた。

 妲己……!

「皆、裏切り者を殺すのよ!さぁ、みせしめにしてやりなさい、オーホッホッホッ!」

 ウオォォォ

 と不気味な妖魔どもが咆哮した。

 我らの軍を打ち崩そうと、後ろから一挙に間合いを詰めてきた。

 

 駆け抜けるか、ここで連中の相手をするか……!

 だが、これ以上、味方を切り捨てるわけにはいかない。

 

「全軍、鶴翼に展開!」

 この妲己の軍だけはつぶしておく。

 そこまで数が多くはない。互角には戦えるはずだ。

 三成の軍のみを先行させよう。

 

 

 

 

 

 

「全軍、かかれ!」

 私の号令で、鶴翼の軍が、遠呂智軍を攻めにかかった。

 私は先頭から軍中を抜け、三成のいる後方へと馬を走らせた。

 

「三成!一軍を率いて先に行け!」

「待て曹丕。もともとここで妲己とやり合う予定ではなかったんだぞ!」

「想定外に、敵軍の動きが速い。ここらで少し振り落としてから合流したい」

 私は三成にそう告げた。

 言われずとも、三成自身そう感じていたのだろう。だが、彼は迷う素振りを見せた。

「……数はほぼ互角だぞ」

「いいからここは私に任せろ。おまえは一刻も早く孫呉の者どもと合流するんだ」

 なおも強くそう言い聞かせると、三成はわずかに逡巡した後、頷いた。

「曹丕、無理な攻めはするな。後から両翼の軍も戻ってくるだろう。決して早まるなよ!」

「わかっている」

 三成の一軍が彼に続いて、戦線を離脱した。

 ここで、私が妲己を叩いておけば、彼の軍は安全だ。

 

「あーらら、三成さんだけ逃がしちゃうの〜?いやぁねぇ、曹丕さんってば、案外甘いじゃないのォ」

「無駄口を叩いている余裕なぞないはずだ。行くぞ!」

「さあぁ、皆さ〜ん、曹丕さんの軍をめちゃくちゃにしちゃって〜!後で三成さんも殺しに行くんだからね!」

「させぬ……!」

 

 こうして、私の軍は妲己率いる妖魔隊と激突したのだった。