夜明け前
<23>
 
 
 曹 丕
 

  

 

「ほほほ、曹丕さーん、どうしたの、疲れてきた~?」

「しつこい女狐が……ッ!くっ……」

 妲己の軍勢はこれでもかと執拗に、我が軍に迫ってきた。しかも、この私を狙ってむらがってくる妖魔の多いことといったら……これも妲己の指示なのだろう。

 裏切り者のみせしめというならば、私と三成をぼろぼろに屠ることこそ、妲己の狙いなのだろう。

「無駄よ!遠呂智軍を舐めないでね~ん」

 妲己が武器の宝玉を上下左右自由自在に動かす。そこから真空波が飛び出し、私の肩で弾けた。

「ぐっ……!」

「もう、そろそろお終いね。あ、そーだ、安心して曹丕さん。三成さんもすぐに送ってあげるから。ふたりはとっても仲良しだもんね~」

「黙れ……ッ!」

 次から次へと斬りかかってくる妖魔を、一刀のもとに斬り伏せ、私は必死に粘り続けた。

 こんな場所で死ぬつもりはない。

 まもなく三成が孫呉の軍を率いて戻ってくるはずだ。もう大分海岸線に近い場所に来ているのだ。このまま戦い続ければ、やがて味方と合流できる。可能な限り、軍勢を守り犠牲を出さずに粘るしかない。

 

「未だ、かかれーッ!」

 北東からオオオオーッ!と鬨の声が響き渡った。三成の軍なら西方からやってくるはずだ。北東から……?敵軍なのか?

 想定していなかった事態に、私は動揺した。これ以上負担が大きくなるのは……

 

 だが、北東からの援軍は、味方だったのだ。

 虎皮を腰に巻き付けた巨軀の男が指揮を執る一軍が、一斉に坂を駆け下りて敵の横腹を穿った。

「なっ、なんなの!? あの連中は……!」

 妲己も考えてすらいなかったのだろう。こんなところで、我らに援軍がやってくることなど。

 

「一気に妖魔軍を蹴散らせ!足を止めるな、味方を救えーッ!」

 ウオォォォ!

 大将の男の檄に呼応するように軍が活気づく。

 

 

 

 

 

 

「曹丕ーッ!」

 今度は西側から聞き覚えのある声が飛んできた。

 三成だ。

 これならばいける。

 

「全軍、援軍が到着した!これより一斉に突撃するッ!」

 私の声にオォォォォォと地鳴りのような咆哮が響いた。

「妲己、我々の勝ちだ」

「くっ……覚えておきなさいよね!」

 妲己は前線から退くと、一挙に後退した。

 少なくともこの地での勝敗は、明確に定まったのだ。

 

 

「援軍、感謝する」

 私は『加藤清正』にそう告げた。

 東北方面からの一団を率いていたのは、三成のいう加藤清正その人だったのだ。

「いや、こっちこそ」

 彼はそう言って手を差し出してきた。

「……傷は大丈夫か」

「お互い様だな」

「いや、その顔……」

「うっ……いや、その問題ない」

 私の負傷もそれなりだが、清正の怪我は顔面における頬の腫れ……がたいそう目立つ。その一撃を食らわせたのは三成なのである。

 だが、顔を隠すこともなく、泣いて怒鳴りながら清正の無事を確認している三成を、たしなめるのもためらわれたのだ。清正もまた彼のそんな態度には慣れているのか、頬にしっかり手形を付けられながらも、なんとか彼をなだめることに専念していた。

 一緒にいた『正則』も蹴り飛ばされていたが、そちらはたいしたことはないらしい。

 

 我々が到着した北の地の古城は、大分荒らされてはいたが、なんとか拠点にできる場所で、そこに落ち着くことにした。

 もちろん、野営をするのに必要な物はすべて孫呉の者たちが持ち運んできてくれている。

 ようやくここからだ。

 ここから、我らの戦いは始まるのだ。