虎と狐
<2>
 
 
 加藤清正
 

   

 ……結婚……

 それ自体は悪いことじゃないと思う。

 というか、いずれは俺たち三人だって、妻をもらい子を為すことになるだろう。……多分だが。

 しかし、それはまだまだ先の話だと考えていた。

 年齢を考えれば、秀吉様からの申し出はまったくおかしなものではないのに。

 

 いつまでもずっと三人。

 ……ガキの頃からの三人組は何も変らないものだと思っていた。

 今回の話、もし俺じゃなくて、三成や正則にもってこられた話だったとしたら、自分はどう思っただろう。

 たとえば三成が結婚するとしたら……

 ……いや、それほど動揺することもないだろう。俺たち三人の中で一番乗りかよ、みたいなヤキモチは感じたかも知れないが、それ以上の感情はない……かな。

 

 そういえば、子どもの頃の三成は可愛かった。

 今ほど気むずかしくはなかったし、もっと素直だった。

 なにより容姿が少女めいていて、とても可愛らしかったのだ。寺の小姓だったのを、秀吉様がもらい受けてきて、おねね様のもとで、俺たちは三人で育った。

 上背もあって、声変わりも早かった俺や正則に比べ、三成はいつまでも小柄で華奢だった。気が強いのは今も同じなのだが、なんとなく俺たちは、三成をいろいろな『外敵』から守ってやるものだと思っていた。

 その対象は、戦場では敵兵、野山では野生の動物であったり、また腹黒い大人たちでもあった。

 あの容姿のせいで、おかしな趣味をもつ輩から目を付けられがちで、手込めにされ掛けたのも一度や二度ではない。そのたびに、俺と正則が好色ジジイの手から、三成を救い出したのであった。

 成人した三成は相変わらず神経質で、気むずかし屋だったが、ひ弱な印象はなく図太くしたたかな男になった。

 政略のために、使えるものなら、自身の肉体でもなんでも利用し、出世の最先端を歩んでいる。

 そんなヤツが俺の結婚なんぞで動揺するはずもないだろう。

 ……いや、動揺して欲しいというわけではなくて……?

 

 

 

 

 

 

「清正、入るぞ」

 スパーンと障子が叩き付けられる。

 この開け方をするのは、三成だけだ。

「お……おう」

「なにを呆けている。先日の軍議での話だが……」

 どさどさと巻物を紐解いて、話を続ける。

「ああ、四国戦のな」

 唐突な物言いに、慌てて座り直す。しかし三成は、こちらの気も知らないで言いたいことだけ口にするのだ。

「おまえの軍は先陣だろう。まずはこちらの書を確認してくれ」

「お、おう」

「……しっかりしてくれないと困る。それこそ、へらへらと見合いだなんて浮かれているなよ、清正」

 いちいち勘に障るヤツだ。いつ、俺がへらへらしたというのだ。

「俺は浮かれてなんていねーよ。面倒くさいことになったと辟易していただけだ」

「ふん、なにも迷う必要ないだろう。秀吉様がああしていうくらいだ。きっとおまえに似合いの相手なのだろう。しかも先方から会いたいなどと言ってくるとは、男冥利に尽きるのではないか」

 三成は俺の顔さえも見ずにそう言った。突き放すような物言いがしゃくに障る。

「……なんだよ、それは」

 事情はどうであろうと、これまで何度もそうした行為に及んでいる相手に向かって、あまりにも素っ気ないのではなかろうか。

「おまえは、俺がさっさと結婚すりゃいいと思っているというわけか」

「……別に」

「『別に』じゃねーだろ。はっきり言えよ」

 そういうと、三成は巻物を俺の顔面に向かって投げつけてきた。思い切り鼻にぶつかり、つーんと涙がにじんできた。

「なにしやがるんだ、おまえは!」

「鬱陶しいのだよ、貴様は!結婚でもなんでも好きにすればいい。だが、おのれの仕事はきちんと遂行しろ。次の軍議までにこれらを頭に入れておけ!」

 残りの巻物をすべて投げつけると、三成は入ってきたときと同じ勢いで、さっさと出て行ってしまった。