虎と狐
<3>
 
 
 加藤清正
 

    

「きーよーまーさ!」

 散らばった巻物を片付けていると、今度は正則がやってきた。今日はいったいなんだというのだ。

「へへ~、廊下まで声が響いてたぞ」

「……三成のヤツが資料を投げつけてきたんだよ。ったく、今仕舞ってるんだから邪魔すんな。ああ、踏むなよ、そこ!」

「顔、腫れてるぜ」

「んだよ、うるせーよ。何か用かよ、正則」

「三成のヤツ、機嫌悪ィ悪ィ。ついさっきも俺の部屋来て、資料バラしていった」

 正則のところにも……?

 まったくなにやってんだか、相変わらず小難しいヤツだ。

「三成の野郎はよ、清正になついてやがるもんな。おまえの結婚話がむかつくんだろーよ、あの頭デッカチが」

「なついてる……?どこがだよ。こっちはそれなりに気ィ使ってやってんのに、いつもさんざん言いたい放題に言われた挙げ句、顔に書類をぶん投げられて……」

 朱くなった鼻を撫でながら俺はそう言い返した。

「……いずれにせよ、まだ全然決まっていない話なんだ。おまえもよそでふれて回るなよ。俺にはそんな気はないんだからな」

「とかなんとか言っちゃってー!うれしいくせによぉ!やれやれようやく清正も、おねね様から卒業か」

「おい、正則!勝手なこと言ってんな」

「わーったわーったってばよ。そんじゃまた後でな!」

 ひらひらと手を振って、正則が出て行った。

 急に部屋が、がらんと広くなる。

 仕方なく三成がぶちまけた資料を片付けにかかる。ああ、もちろん、必要事項は頭に入れつつだ。

 せっかく遠呂智の世界から戻ってこられたのに、俺の日常は、なかなかのどかにはなってくれなさそうであった。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 三成がやってくるかと、なんとなく考えていると、いつの間にか真夜中になってしまった。

 ……別に何かを期待していたわけではない。

 手水にでも行こうと、部屋を出る。すると、廊下を通した向かいの室に、光が点っており、はて?と顔を上げた。

 そこは自由に使える客間になっているが、今はだれも客人を迎えてはいない。

 なんとなく嫌なもの……予感めいたものが胸を悪くさせる。

 そこにいけば、目にしたくない光景を見てしまいそうだと、自身が答えを出しているにもかかわらず、俺の足は向かいの対屋に向かってしまった。

 

 閉められた襖から、声が漏れ聞こえた。

「あッ……あぁ……」

 艶を含んだ喘ぎ声。

「あぅ……もう……斎藤どの……あッあッ」

「卿がそのつもりなら、わしのほうから口を聞いてやろう…… どぉれ、おお、よく締まる」

 下卑た男の声は聞き覚えがある。

 次の四国攻めの采配にかかわる男だ。

「なにもわしは秀吉殿を軽んじておるわけではないのだ。だが、このまま羽柴に飼い殺しにされるなら、こちらにも考えがあるということじゃ。長宗我部にも内応せんとする者どももあろうしな。そぉれ……」

「ああッ!斎藤どの……もう……もう放してください。これ以上は……」

「なにを、誘ってきたのは卿のほうであろう。三成殿」

「あッ……あぁッ……それ以上されては……」

「よいのだろうよいのだろう。そらもっと啼いてみせよ」

「あッ……あんッ……ああッ……!」

 ひときわ高い嬌声が耳をつく。

 思わず閉じられた襖に手を掛けようとしたところ、低い声が俺を止めた。