虎と狐
<4>
 
 
 加藤清正
 

    

「清正殿……!」

 するどい声の主は、三成の従者、島左近であった。

「左近……」

「後のことはこの左近が致します故」

「何なんだどういうことだ。あの男が……長宗我部に内応?いや、それより三成はなにを……」

 高くなる俺の声を、左近がふたたび制した。

「殿のおぼしめしなんですよ。邪魔をしないでください」

「あいつは……まだあんなことをしているのか。どうして……」

 苦々しげな俺の物言いに、左近が軽く頭を振った。

「とにかく殿のお考えがあってなんですよ。……大丈夫です。終われば俺が湯殿に……」

 左近がそう言いかけた途中に、ガタンと襖が開いた。

 下重ね一枚の姿で、よろよろと三成がまろびでてきた。とっさのことで、俺は思わず三成から目線をそらせた。

「……清正?」

 掠れた声が俺の名を呼ぶ。

「殿、湯の用意ができておりますから」

「なんで……清正が」

「…………」

 俺はそれには応えずに、勢いよく踵を返した。

「清正……!」

 そのまま振り返らず、ドンドンと足音を立てて自室に戻った。三成は左近に抱かれて、湯殿に運ばれていったようだった。

 

 

 

 

 

 

 自室に戻り、ぴしゃりと襖を閉めると、口の中に苦いものが広がってくる。

 ……話を耳にしたのだから、三成のしようとしていたことは俺にだってわかる。あいつはああして、謀反人をあぶりだし、秀吉さまに害する輩の情報を得ているのだ。

 今の男……斎藤というのは、今度の四国攻めに同行する武将だ。その配下は500とも600とも聞いている。もう長く秀吉様の配下として、仕えているはずの将だ。

 そんな輩が、四国攻めの際に離反などしたら……我らが軍は相当なダメージを受けることになるだろう。

 だが……だからといって、あんな方法で……

 

 それから半刻くらい後であろうか。

 部屋の襖がからりと開いた。

 俺はそれに気付かないふりをして布団に潜り込んだ。

「清正」

 少し掠れているが三成の声だ。

「……清正、寝たのか」

 声が少し近くなった。

「……清正?」

 側に寄るな!

 俺は心の中でそう叫んだ。

 今、いつものように褥に滑り込んでこられたら、力尽くで突き飛ばしてしまいそうだった。

 三成はしばらく俺の枕元に立っていた様子だったが、あきらめたのかいつの間にか部屋を出て行った。

 嫌な汗をぬぐい、俺がようやく眠りにつけたのは、それから小半時もした後であった。