虎と狐
<5>
 
 
 加藤清正
 

    

 翌朝。

 到底良い目覚めとはいかないが、朝食はおねね様のお達しで、『家族で食べる』お約束になっている。つまり子飼の将である、我ら三人と、おねね様、秀吉様である。

 

「よーっはよ~ッ!清正」

 後ろから巨体が飛びついてくる。

「正則……朝っぱらからうるさいぞ」

「なんだよ、寝不足かよ、みっともねぇ」

 人の気も知らずに、正則がそんなことを言った。

 もし……正則が三成のやってきたことを知ったら、なんというだろうか。この男は『ガチ』でストレートだろう。男同士の関係が不思議でもないこの時代であっても、想像もつかないのではなかろうか。

 

 秀吉様とおねね様にあいさつをし、きちんと並べられた膳の前に座るが、今朝はひとつ膳が足りない。

「あ、あのね、三成はあんまり気分が良くないらしいの。後で様子を見に行ってくるから、みんな、先にご飯にしましょう」

「いっただきま~す!」

 秀吉様と正則が大声をあげた。

 俺も『いただきます』とあいさつをしたものの、なんとなく心ここにあらずで、食欲がわかなかった。

 食事が終わると、俺はおねね様に三成の様子を訊ねた。

「あの子、低血圧だからね~。また何か夜更かしでもしたんじゃないかな」

 『夜更かし』と聞いて、どきんと胸が跳ねた。なぜだ、俺には全然関係のないことなのに。

「ね、あの子にお膳持っていってあげてくれる? きっと清正のいうことなら、ちゃんと聞いてご飯食べるだろうから」

「え……い、いえ、その俺は……」

「ね、よろしく頼むよ、はい三成のお膳」

 そう言って渡されてしまうと、もう逆らえない。なんせ、俺はおねね様には弱いのだ。憧れの女性であり、恐れ多くも母君とさえ思っているおねね様の申し出を断りようはなかった。

 

 

 

 

 

 

 三成の部屋の前まで行くと、俺は声を掛けた。

「三成」

 しかしいらえはない。

「三成、起きているか。朝飯をもってきた」

 そういうと、なにやらごそごそと音がして、ようやく三成の声が返ってきた。

「……そこに置いておいてくれ」

「なんだよ、せっかく持ってきてやったのに。起きてんなら中に入るぞ」

 閉めきりの襖を片手でやや乱暴に開けると、褥の上に気怠そうに三成が半身を起こしていた。

「おねね様が具合を心配していた」

 義務的な声で、俺はそう告げた。

「……わかった後で謝っておく」

「そうしろ、ほらメシだ。朝はちゃんと食っておけ。じゃあな」

 言うだけ言い置いて、俺はすぐに立ち上がった。

 どうしても昨夜のことが頭をよぎって、あまり長く三成の側には居たくなかったからだ。

「清正」

 だが、三成に呼び止められる。

「……なんだ」

「他には何かないのか」

「何がだ」

 苛立ちを覚えつつ俺は乱暴に聞き直した。