虎と狐
<6>
 
 
 加藤清正
 

    

「俺に言いたいことがあるんじゃないのか」

 と三成が訊ねてきた。

「……別に」

 と答える。

「言いたいことがあるなら言え。昨夜……あの後、おまえの部屋に行ったが、すでに眠り込んでいる様子だったが」

 嫌な沈黙が落ちる。

「なんであんなこと……」

 一度言葉を口にすれば止まることはない。それはわかっていたが、俺はこの大いなる不快をこれ以上隠すことはできなかった。

 三成に背を向けたまま、俺は口を開いた。

「……なんでおまえが、あんなことしなきゃならねーんだよ」

「…………」

 三成が無言のまま俺を見る気配がする。

「おまえ、ちょっとおかしいぞ。……あそこまでするなんて異常だ」

「……だが、これで斎藤一派の動きはほぼ確認できた。四国攻めに向かう前に不穏分子を粛正できる」

 三成は布団から起き上がると、ごそごそと着替えを始めた。

「目星がついているなら、あぶり出しの方法はいろいろとあるだろう。あんなヤツを相手に……」

「アレが一番手っ取り早い。……別に俺は男だから孕む心配もない」

「そういうことを言っているんじゃない!」

 帯を締めている、三成の腕を取った。

「おまえ、ああいうことはもうやめろ!翌日だってこうして具合が悪くなって、皆を心配させることになるだろう!?」

「これは……あんなにしつこいとは思わなかったから……」

 三成が独り言のようにつぶやいた。

「だから!そんな話じゃないんだ。おまえ、もっと自分を大事にしろ。ああいう行為は……せめて好意をもっている人間を相手にするもんだろう」

「……そんな大げさなものじゃないだろ。俺はもともと寺小姓だったからな。子どものころから何度も……」

「よせ。今はそうじゃないだろう?おまえが自分の身体を穢してまですることじゃないんだ」

「清正……」

 

 

 

 

 

 

「とにかくだ。俺はああいうことをしているおまえを見たくない。もう二度とするな。なにかあれば、俺や正則に相談すればいいだろう」

「……では」

 と三成が言った。

「では、おまえとするのはどうなのだ。それもよくないことなのか」

 思わず言葉を飲み込んでしまった。

 何と答えるべきなのだろうか。少なくとも俺は三成を嫌ってはいない。そういう意味で特別なのかと問われれば……そうなのかもしれない。

 とにかく俺の心の中には、幼かったころの彼がずっと住み着いていて、守ってやらなければという保護欲のようなものがあるのだ。

 それをいわゆる愛情なのかと聞かれても、俺自身にもよくわからない。

 だが、三成はそうは思って居るまい。

「……そうだな、おまえが俺を嫌っているのなら、よくないことだ。もうやめたほうがいい」

「嫌っては……いない」

 ぽつりと三成がつぶやいた。

「だが、好いてもいないのなら、もうよそう。おまえにもいずれ愛する人ができるだろう。そのときにきっと後悔することになる」

「清正……」

「俺もよくなかった。深く考えずに行為に身を任せていた。おまえのことをもっとよく考えてやるべきだった。すまん!……朝飯はきちんと食うんだぞ!」

 言うだけ言い終えると、俺はさっさと自室に引き返した。

 三成の顔をまともに見ることができなかったからだ。