虎と狐
<7>
 
 
 加藤清正
 

    

 そんなこんなで、意気消沈しているうちにあっという間に、『見合い』とやらの日が来てしまった。

 どうにかして事前に断ろうと考えていたのだが、三成のことがあったり、おねね様のことが気になったりで、なかなか秀吉様と話す時間が持てなかったのだ。

 

「秀吉様、やっぱりちょっと俺は……」

 廊下をどんどん歩いていってしまう秀吉様を追いかけて、俺は必死に話しかけた。

「利家の遠縁にあたる人でな。なかなか可愛らしい娘さんじゃぞ」

「いや、ですから、相手がどうのというのではなくて、やっぱりまだ身を固めるつもりはなくて……」

「ええからええから。まずはお付き合いから始めてもええじゃろうが」

「いや、ちょっと……」

「ほりゃ、入れ、清正」

 秀吉様に背をどつかれて、俺はこけつまつろびながら、客間に転がり込んだ。

「いてて……」

「ったくおめぇらは、いつも楽しげにじゃれまわっていやがるなァ」

 そういったのは利家殿であった。

 前田利家殿。秀吉様の旧友である。

「ほりゃ、清正。こちらは利家の遠縁に当たる姫さんで、お由良殿だ」

 俺は慌てて居住まいを正し、姫と紹介された女性に一礼した。

 お由良の姫は、こういってはなんだが、特別に美しいわけではなく、年相応に愛らしい姫君であった。

「……加藤清正です。お目にかかれて光栄です」

 お定まりの台詞を口にした。

「私の方こそです。大叔父上に無理を言ってしまいました」

 ……年の頃は17,8といったところか。

 少しふくよかでまあるい頬をあからめて、由良の姫はそういった。

 

「はいはい、後は若いもんにまかせて、おっさんたちは退場といきますか」

 利家殿が秀吉様をつれて、さっさと部屋から出て行ってしまう。

「利家殿、秀吉様……!」

「ああ、ほらええからええから。庭でも散歩してくりゃええだろ」

 無責任にも『お年寄り』ふたりは姿を消してしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ございません。ご迷惑でしたか?」

 姫にそう訊ねられて、俺は慌てて平静を装った。

「……い、いえ、ですが、急なお話で正直……どうしたものかと」

「先日の鷹狩りの折、清正殿の勇姿を拝見いたしました。……それでどうしてもお会いしたくなって……このようなはしたない真似を……ごめんなさい」

 いきなり謝られて、俺は少々慌てた。

「い、いえ、鷹狩りの見物にいらしていたんですか。……そうですか、いや、あのときはたまたままぐれで……いや、はは」

 と謙遜をするものの、どうもこのまま、さようならというわけにはいかなさそうだ。

「その、せっかくですので、庭をご案内いたしましょうか」

 と俺は申し出た。狭い部屋にふたりきりという状況は、かなり窮屈な気分になる。幸い、彼女は俺の提案に乗ってくれた。