虎と狐
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 加藤清正
 

    

 

 伏見の城は、中庭が美しい。

 初秋にかけてのこのころは、紅葉が淡く色づき始め、秋の草花が庭を埋める。

 

「今日はよい天気ですから、こうして庭でお話するのも悪くはないと思います」

 俺がそう言うと彼女はこくんと頷いてくれた。

「えーと、その……なにから話せばよいのか」

 初対面の女性相手に気の利いた話題を持ち出せる俺ではない。秀吉様も利家殿もそんなことはご存じのくせにまったく人が悪いというべきか否か。

 ここは下手に話題を提供するより、ずばり相手の真意を問うべきだろう。

 そう考え、口を開こうとしたとき、先制されてしまう。

「……清正様、わたくし、清正様のことが好きです」 

 やられた。

 この流れはまずい。

「え、いや、その」

「……わたくしではだめでしょうか」

 ……彼女の顔は真っ赤だった。

 こんなに必死になってくれているのだ。俺はおのれを縛めなければならなかった。

 どこか今回のことを軽く考えていた。

 三成のことや四国攻めのこと、そして遠呂智の世界から引きずっている気分もある。

「い、いえ、そういうことではないのです。俺は……その……今はとてもそういうお話を受け入れられる状態ではないというか……」

「……清正様には、どなたかお心に決められた方がおられるのでしょうか?」

 姫……いや、由良殿は煮え切らぬ俺の態度を、他に誰か目当ての姫がいるのかと考えているらしかった。

「あ、いやそうではございませぬ。ただ……今の俺にはやることがたくさんあるんです。正直女性のことを考えている余裕はなくて」

「……清正さま」

「とにかく結婚だのというお話は、まだまだ未熟な自分には……とても考えられません。姫が気持ちを寄せてくださったのはとても光栄ですし、嬉しく思っています」

 彼女と目を合わせることなく、いっきにそう言った。

 

 

 

 

 

 

「……では、嫌われていないのですね。お、お友だちからでかまわないのです。私は清正さまのことが……」

「そ、それは……その……」

 いや、はっきりと断るべきなのだろう。気を持たせて置くなど、この上なく失礼な態度ではないか。

 姫とふたりで話しているにもかかわらず、俺の脳裏には、幾度となく思い出される人間が居る。

 それはなぜか、三成のことなのであった。

 今こうして彼女と話している間でも、ちゃんと食事を摂ったのか、また無茶な働き方をしているのではないかと。

 恋愛感情ではない。保護欲だと思う。そうだ、子どもの頃からのずっと『放っておけない』という感情。

「……その、俺にはずっと前から、気になって仕方がない人間がいます。これがどういう感情なのかわかりませんが。今はそいつのことを考えるので手一杯なのです」

 わずかな間隙の後、由良の姫は、ぽつりと

「うらやましい」

 とつぶやいた。

「うらやましいですわ、その姫が」

 いや、姫ではないとここで訂正するのはまずいだろう。

「……清正さま、お部屋に戻りましょう。そろそろ叔父様たちもお帰りになっているでしょう」

 涙を見せることなく、気丈に彼女がそう言った。

「そうですね。……姫様、あなたのお気持ちはしっかりと受け止めました。どうもありがとうございます」

 そういうと、彼女は泣き笑いの顔で、こくんと頷いてくれた。