虎と狐
<16>
 
 加藤清正
 

    

「……どうだ、良かったか?」

 顔も上げずにそう訊ねてきたのは三成だった。

 抱き合ったまま、俺たちは布団の上に寝くずれた。正確には俺が仰向けで横になり、その上に三成が乗って頬を胸の辺りに乗せている。

「すまん、中に出した。おまえが平気ならば、湯殿に行こう」

「良かったかと訊いているのだ」

「あのなぁ、そんなことをズケズケと訊ねるな。……良かったよ。久しぶりのせいか、歯止めが利かなかった。悪かったな」

 と、俺は謝罪した。三成から誘ってきたというのはともかく、もう少し無理をさせないように導くべきだったと思ったからだ。

「それならばよいのだ。風呂か……動くのがだるいな。まだ足が動かない」

 少し甘えるように三成がつぶやいた。実際、本人にそういうつもりはないのだろうが、ため息混じりに蕩ける声がそう聞こえるのだ。

「じゃあ、俺が運んでやる」

 強引に彼の腕を取って抱き上げた。

「おい、清正!何をする」

「だから湯殿へ行くんだろう」

「いきなり抱き上げるな、恥ずかしいッ!」

 ……ほら、このように羞恥心の矛先がおかしいのだ。

「おまえがだるいと言ったんだろう。半分は俺のせいだからな。連れて行ってやる」

 有無を言わせず、三成を抱き上げたまま、俺は歩き出した。

「は、恥ずかしい、下ろせ!」

「もう、夜半過ぎだぞ。大声を出すな」

 俺がそう言うと、彼はいかにも不本意といった表情を隠さず、口だけは噤んでくれた。

 

 

 

 

 

 

「清正、手の傷の具合はどうなのだ」

「見てみるか」

 湯の中にふたりで浸かりながら、先ほど包帯を外した手のひらを見せてやった。

「……ふむ、出血は治まっているが」

 三成の形の良い眉が寄せられる。

「深い傷だ……貴様は大馬鹿だ。俺をかばったりするからこんな目に遭う」

「ちゃんと縫合されてんだろ。もう包帯もいらねぇな」

「バカ。ダメだ、後で俺がまき直してやる」

 三成はそういうと、俺の髪を洗ってやるといって、乱暴にごしごしと擦り上げるのであった。

 

 部屋に戻ると、さっそく三成は新しい包帯を準備して、手に包帯を巻きだした。

 だまっているのも気詰まりなので、先日からずっと訊ねたかったことを聞いてみることにした。

「なぁ、三成」

「……なんだ」

 包帯から目を離すことなく聞き返してくる。

「おまえの特別というのは、そういう意味だと考えていいのか」

「なにがだ。ああッ、ここが弛んでしまった!貴様が気を散らせるからだぞ」

 いらいらしながら、包帯を巻き直す。

 『特別』と言われただけで、いわゆる『好きだ』とか『愛している』などという単語は一切使わない三成なのだ。俺が確認めいたことを口にすると、ただ頷くだけで、本人から直接いわれたことはない。

「いや、もう包帯はいいから。『特別』の意味をちゃんとおまえの口から言ってくれ。でないと、軽々しく行為に及ぶことが出来ない」

「……なんなのだよ、それは。この前散々訊ねてきたことだろう」

「訊ねたのは俺で、おまえはただ頷いていただけだろう」

「それのどこが悪いのだ。あぁ、手を動かすな。ちゃんと元の形のままでいろ」

 気に入らないと、何度でもやり直す三成だ。実際、傷口はきちんと縫合され、出血も止まっている。それなのに、『綺麗に包帯を巻きたい』という彼の希望でこうして大人しくしているのだ。

 わずかな間隙の後、三成は顔を伏せたまま、いかにも仕方なくと言った風情で口を開いた。

「その……『特別』は、好きだと同意語だと言ったはずだ。だから、あの……お、おれは……」

 たどたどしい物言いだが、ここは敢えて助けることなく、三成の次の言葉を待つ。

「おれは……清正のことを、特別の意味合いで……好きだ」

 そこまで聞いて、俺はようやく安堵の吐息をついたのであった。