Day after tomorrow
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
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 セフィロス
 

 

   

「カダの採血の結果が出たよ!」

 相も変わらず、青すぎる空が広がる夏日の午後、息せき切って、家に走り込んできたのはイロケムシだ。

 買い物帰りに、例の医者のところへ行って受け取ってきたらしい。

 白い額に汗が浮かんでいる。

 

 時間の経つのは早いもので、カダージュの手術から一ヶ月ほどが過ぎようとしていた。

 その間の時間は、家に怪我人がいるということと、しかもそれが賑やかな末のチビであったということもあり、家人皆がどことなく落ち着かぬような違和感を感じていた。

 特に弟大事のイロケムシと、この男所帯を『家族』と見なしているヴィンセントにとっては、つらい時間だっただろう。

 医者の腕を信頼していないというわけではない。

 むしろ全幅の信頼をおいてもなお、ネロが何も知らない末のカダージュに施した実験は呪わしいものであったのだ。

 

 この一ヶ月の間、カダージュがずっと床についていたのかと言われればそうではない。

 それどころか、傷は十日足らずでふさがり、もともとじっとしているのが苦手なチビであるから、ふらふらと起き出してはヴィンセントやヤズーに叱られていた。

「だって、退屈なんだもの~」

 人の気も知らずに、二言目にはそう叫び、家の連中を困らせていたのだ。

 

 今回の採血は、医者の所見としては、一区切りとなるものであるらしかった。

 つまり今回、異常がなければ、ネロの移植手術の影響は無いものと言える。それだけに注目される結果だった。

 とはいえ、喜色満面で家に飛び込んできたヤズーを見れば、採血の結果がどうであったかは問うまでもなかったが。

 

「ジャ~ン!所見:異常なしだって!やったね、カダ!」

 可愛くてたまらないというように、末の弟を抱きしめてその頭をぐりぐりと撫でる。

「あー、もー、ヤズーってば。だからぼく、大丈夫だって言ったでしょ~。あぁん、もう髪がめちゃくちゃになっちゃうじゃない」

「もっと喜べよカダ。これでもう何の心配もいらないんだぞ!」

 よほど嬉しかったのだろう。ヤズーは女のように整った顔の頬を上気させて喜んでいる。

 検査結果のプリント一枚といっても、それをお墨付きのように見ているのだろう。大切そうにシワを伸ばしてヴィンセントに手渡した。

 

「……本当に、良かったな、カダージュ。これで一安心だ。ヤズーも肩の荷が下りただろう」

 穏やかな声でヴィンセントが喜びを口にする。

「ああ、俺もようやくホッとしたよ」

「兄さんが帰ってきたら、早く教えてあげなきゃ。ね、ヤズー」

 と、大男のロッズもはしゃいでいる。

 男どもがそろって歓声を上げている絵面は、端から見ればむさくるしいことこの上ないかもしれないが、ようはそれだけ今回の事件での末のガキの容態は、オレを含めこの家の人間たちにとっての重大な関心事であったのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……?ゴールドソーサー?」

 話をまともに聞かずに、ひたすらメシを食っていたオレは、食後の茶を飲む段に至って、思わずおかしな抑揚でその言葉を口にしていた。

「何だよ、セフィ。話聞いてなかったの?」

 クラウドが口を尖らせて文句を言う。

「メシの最中にくだらん話をするな。気が散るだろ」

「つまり、それだけゴハンに集中してるってコトなんだねぇ」

 茶化すようにいうのは、もちろんイロケムシだ。

「だから、カダの全快祝いに、みんなで行こうって話してたんだよ。いいだろ、どうせヒマなんだから、居候」

 ここぞとばかりにクソ生意気なことを言うクラウドだ。

 しかし、何が悲しくてあんな人混みに行かなければならないのだ。まだ一月前の疲れが残っているというのに冗談ではない。

「行きたきゃ、おまえらだけで行ってこい。オレを巻き込むな」

 しっしっと追い払うような手振りで、ガキどもをいなした。

「なんだよ、その言い方! カダージュが治ったら、好きな場所に行ってもいいって言ったのはセフィだろ!」

「そうそう、確かに言った」

 クラウドの言葉に、ヤズーが応援する。

「さてな。言ったかもしれんが、オレも同行するとは一言も言っていない。いいから、みんなで出掛けてこい。オレは留守番をしててやる。ありがたく思え」

 そう告げて席を立とうとしたオレの手首を、細い指が掴み締めた。

 ……白くて細い指。ヴィンセントの手だ。

「ま、待ってくれ、セフィロス……そんなひとりで残るなどと言わないでくれ……」

「ガキじゃないんだ。ひとりでも何の問題もない」

 そう言うが、彼は首を振って尚も言い募る。

「ゴ、ゴールドソーサーのフリーパスを私にくれたのは君ではないか。そ、それに、ゴンドラの中で約束しただろう?」

「……約束?」

「また、一緒に乗ろうと……そう言ってくれたではないか……」

 ……時と場所を考えろと言いたくなる。

 何ゆえ、この男はこう空気が読めないのだろう。いや、普段は読まなくていい他人の気持ちまでくみ取るくせに、こういう場面では愚直なまでに鈍感なのだ。