Day after tomorrow
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<4>
 
 セフィロス
 

 

   

「あ、あの……す、すまない。ノックをしようと思ったのだが、扉が開いていて……」

 おずおずとそう言って顔を出したのは、案の定ヴィンセントだった。

「なんだ、立ち聞きか。悪趣味な野郎だな」

「い、いや、い、今ちょっと立ち寄っただけで……そ、そんなに話を聞いてきたわけでは……」

「ちょっと、セフィロス。意地の悪いこと言うんじゃないよ。ヴィンセント、どうせ、この人説得に来たんでしょ?」

 ヤズーの物言いに、あからさまに頬を上気させておろおろとする。

 どうやら、ネロたちについての話を聞かれたわけではないらしい。その点についてはホッと一息吐く。もちろん、心の中でだ。

「もう~、セフィ、ごねてないで、みんなで行こうよ!オレも仕事休みにしたし!」

 にょにょとクラウドまでもが顔を出してそう言ってくる。

「ど、どうだろうか、セフィロス……なるべく君に迷惑のかからないようにするから……!」

 必死の面持ちで頼まれると、断り続けるのが難しくなってくるのだ。行きたくない理由は、ただ面倒くさいというだけなのだから。

「そりゃあ、あなたたちは行ったことがあるからいいかもしれないけど、俺たちは初めてなんだからさぁ。付き合ってくれたっていいじゃない。ねぇ?」

「ど、どうだろう、やっぱり君は不本意なのだろうか?」

「セフィってば、強情なんだから!なんだったら、ヤマダーも誘っちゃう?」

「バカタレ。よけいに面倒なことを言い出すな。……まぁ、いいだろう。だが、言っておくがオレは、昼間はホテルで寝ているからな。邪魔をするなよ、クラウド」

 最大限の譲歩として、オレはそう告げた。これ以上、否と言い続けるほうが面倒事になりそうだからだ。

「なんで、俺だけ名指しなんだよ、失敬な!」

「おまえ、ガキの頃のこと憶えていないのか。はしゃいであちこち走り回って大変だっただろう」

 呆れ果ててそういうと、ヴィンセントのほうが

「そのときの話も聞きたいな。君とクラウドのことはなんでも知っておきたいから……」

 などと言って釣れてしまう。

 かくして、オレたちは、チビガキの快気祝いと称して、一家総出で(猫はペットホテルに預けてだが)、ゴールドソーサーに繰り出すこととなったのだ。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりと思ったが、海列車か」

 平日の午前中というシチュエーションで、コレル行の便など、わざわざ指定を取らずとも、嫌と言うほど席は空いている。

 それをいいことに、席を占領してバスケットなどを開き、まるで宴会の様相を呈しているのだ。

「セフィ、ビール飲み過ぎ!それより少しは窓の外見ろよ。ほら、海が綺麗だろ。ヴィンセントの心の中のように」

「ク、クラウド……」

 水中トンネルを通る海列車は、なるほど美しい眺めであるのだが、クソうるさい家の連中と一緒では感慨もなくなるというものだ。

 初めて乗るクラウドやカダージュたちがはしゃぐのはわかるのだが、すでに何度目かのヴィンセントも頬を上気させて窓に張り付いている。

 こいつの場合、もともとがしゃべらないので、興味を引かれているときも大人しいものだが、それでも目一杯『はしゃいでいる』のがよくわかるのだ。纏うオーラの色が変わるとでもいうべきか。

「あっ、あれ、なに?イカ?きらきら輝いてる……」

「ここは大陸棚だからな。太陽の加減で光って見えるんだろう」

「綺麗だねぇ、ヤズー」

「そうだな。ほら、カダ、あっちに虹色の魚の群れがいる」

「しょう油付けて食べたら美味そうだな」

「兄さんたら、情緒のないこと言わないでよ」

 きゃはははと歓声が上がる。まったく酒も飲んでいないのに、よくもまぁ平日の真っ昼間からにぎやかなものだ。

 

「き、君とこうして車窓を眺めるのは二度目だな……」

 聞き取れないような小声で、ヴィンセントが話しかけてきた。こういうシチュエーションで、こいつのほうから口を聞いてくるのはめずらしい。

「え、ああ、そうだな」

「前はふたりきりだったから……少し緊張してしまって……」

「……はぁ」

「こうして家の者たちみんなでまた来れて嬉しく思う」

「……そうか」

「だ、だが……その…… やはり……ふたりで静かに景色を眺めるのも良かったなと思って……」

「そうかね」

「機会があれば……また……」

「あ、ねぇねぇ、ヴィンセント、あれ見て!なんだろう、あの大きいの!」

 向こう側の席の末のガキから大声を掛けられて、慌てて身を乗り出す。何を言いかけたのかは知らないが、とりあえずこいつは元気そうだ。

 カダージュの一件以来、また沈み込むんじゃないかと心配したが杞憂だったらしい。

 イロケムシの言に乗るのはしゃくだったが、こうして小旅行に出ることにして正解だったということだろうか。

 物を考えないクラウドのヤツも、今のところ失言はないし、家にこもりがちだった一月を取り戻すような賑やかさだ。

 

 オレは忘れずにもってきたポケットの携帯を気にしつつも、連中に言われるがままに車窓の幻想的な風景に視線を泳がせたのであった。