Day after tomorrow
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<9>
 
 セフィロス
 

 

   

 

「ネロたちのこと……ジェネシスにはまだ言っていないんだろう?」

 目線を、膝で組んだ両手に落としたままで、ヴィンセントが言った。

「…………」

 オレが黙っていると、ヴィンセントはふぅとため息にも聞こえない吐息を漏らし、

「いや、言えないな……」

 とつぶやく。

「……別にそんなことはない。機会がなかっただけだ」

「…………」

「次に会ったときには話そうと思っている」

 そう言いきったオレを、つらそうな眼差しで見上げる。

「以前耳にした……彼の『劣化』という症状については……」

 言いにくそうなヴィンセントの物言いに重ねるように、口を開いた。

「前にヤツの身体に症状が見られたときには、ネロが治したんだったな」

「……ああ、そう聞いている」

「その後、ふたたび劣化現象が起きたとは聞いていない。つまりヤツの身体は持ち治したと言えるだろう」

 オレの口上に、ヴィンセントは困ったように首を振った。

「た、確かに……今は、通常と変わりないようだが、いつまた……」

「『いつか、また』そんなことばかり考えていたら何もできんぞ、ヴィンセント」

 ゆらゆらと揺れながら、ゴンドラが頂点を目指してゆく。

「セフィロス……」

「幸い、ホランダーの資料は持ち出せたんだ。それを山田医師に読ませてある。もう大丈夫とは言わないが、何の保険も掛けていないよりはマシだと思わないか」

「山田……先生に……?」

「そうだ。カダージュの一件のときに渡してある。今は返してもらって、オレの手元にあるが」

「燃やしたんじゃなかったのか……?」

「ガキどもにはそう言ってあるだけだ」

「…………」

「……いいか、ヴィンセント」

 向かいの座席から、細い肩を揺さぶってオレは語りかけた。

「ネロもヴァイスももういない。ジェネシスの身体にも何の異変もない。この状況で取り越し苦労をするな。……いいな?」

 赤い瞳が、ネオンの光に輝いて不思議な色合いに滲んでいる。

「いいな、わかったな……?」

「ああ……そうだな。君のいうとおりだ」

 ようやく彼はそうささやいた。

 

 

 

 

 

 

 ゴンドラが頂点を下り、ゆっくりと下降していく。

 ヴィンセントは外の景色を見ずに、じっとオレを見つめている。

 今、オレの口にした言葉がウソではないと……そう信じるために。

 もう一度言葉を重ねようとしたとき、不意に園内のライトアップが消えた。

 

 光の洪水だったその場が、真っ暗闇に転じる。

 思わず、ヴィンセントの身体を抱えて、ゴンドラの中で伏せようとしたとき、不覚にも係員の声が語りかけてきた。

 

「あのぅ、すいません~。アトラクションの終了時間です。ちょっと電気が早く落ちちゃったみたいですね~」

 そう言って扉を開けられたとき、猛烈な後悔の念で押しつぶされそうになった。

 これでは、今でもオレ自身が、ネロ達の存在に注意を払っているといわんばかりではないか。

「あのぅ~」

 のんびりとした声に苛立ち、叩き付けるように叫んだ。

「わかっている。今、降りる!おい、おまえ、電気係に苦情を言ってこい!まだ0:00までには間があるぞ!」

 ほんの一、二分の間隙に、文句を付ける。

「チッ……クソ」

「舌打ちなどしないでくれ。君は私のことをかばってくれているのだろう?」

「そんなんじゃない」

 そう言い返したオレに、ヴィンセントはかまわず言葉を続けた。

「……ネロ達のこと……君のいうとおりだと考えることにする。確かに私は取り越し苦労で、皆に心配をかけることが多いからな。……大丈夫。君が居てくれれば何があっても生きていける」

「……そんな殺し文句はクラウドにでも言ってやるんだな」

「ふふ、そう言うものなのだろうか。……さぁ、部屋へ戻ろう。今度こそ、ライトアップが終わって、帰り道が真っ暗になりそうだ」

「わかってる。すっ転ぶなよ」

 そう言って、手を差し出す。

 別にオレはナイト精神に溢れているわけではないが、こいつ相手だとそうしてやるのが自然になってきている。

 そっとオレの手をとり、ヴィンセントがゴンドラ乗り場の階段を下りていく。

 

「……セフィロス。すまないのだが、ひとつだけお願いがある」

「なんだ。……おまえ、最近、お願いが多いな」

「す、すまない。その……帰るまでにもう一度、ふたりでゴンドラに乗れないだろうか」

 オレを見上げるようにして、おずおずと言葉を紡ぎ出す。

「わがままを言って悪いと思っている。でも……せっかく乗れたのに、あんな話をしてしまって……その……勿体なかったから」

「勿体ない?」

「もっと……楽しい話をしたかったのだ」

 消えるような声でそう言ったヤツに、仕方なくオレは二度目の約束をしたのであった。