Day after tomorrow
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<12>
 
 セフィロス
 

 

 目の下には、キラキラ光るネオンの海が開けている。

 ひときわ明るいのは、チョコボレースのコースなのだろう。プカプカと漂っているモンスターのホログラムの隙を縫って、細長い道が続いているのだ。

 夜といえど、明るい音楽が鳴り響き、ここだけは別世界のようだ。

 これで普通に夜眠れるのだから、よくよく考えれば、ホテルの窓はすべて防音ガラスになっているのだろう。

 

「どうでしょーか。コレで満足ですか」

 オレは目の前で、頬を上気させ、光の渦を眺めている人物に問いかけた。

「この時間なら、電気を落とされる心配もないし、存分にライトアップが楽しめると思いますが」

「……セフィロス……慣れない敬語で話すのはやめてもらえないだろうか」

 ヴィンセントは少し拗ねたようにそう言った。

「いや、別に。おまえひとりで楽しそうだと思ってな」

 そういうと、

「ならば君も楽しんでくれ」

 と、窓際にオレを促した。

 確かにこんなネオンの海は久々に見る。

 コスタ・デル・ソルの東海岸は、うんざりするほど健全な町で、デリバリーが夜の十時を過ぎるとなくなってしまうような場所だ。

 ネオン街などノースタウンの一部でしか見ることは出来ず、それもほどほどに小さい。

 

「こんな光の海は久しぶりに見るな」

「そうだろう? 人工的な光だとわかっていても、とても綺麗だと思う」

「ああ、そうだな」

 ヴィンセントの、紅の瞳に滲む光を見つめながら頷き返した。

「どうだ。少しは気が晴れたか?」

 そう訊ねてやると彼は、

「私は気落ちなどしていない。……ネロたちのことも。君の言うことならば正しいのだと信じられるから」

 目線をこちらに戻した。

「やれやれ、いろいろと厄介事が起こるよな。まぁ、それも楽しみのひとつだと思えば、苦にもならんが」

「……楽しみだなんて、そんなふうに考えたことはなかったな」

「おまえは生真面目過ぎるんだ。末のガキはすでにぴんぴんしてるだろ。ジェネシスの野郎だって、ネロらの顛末を知らされても、大した感慨は抱かないだろうよ」

「……そ、そうかな」

「ジェネシスはおまえに夢中だからな。『劣化』なんて現象のことも忘れてるんじゃないのか」

 そう言い放ったオレをヴィンセントはまじまじと見つめて、

「すごいな……」

 とつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

「何がだ」

「いや……君の話を聞いていると、あれこれと悩んでいたのがどうでもよく感じられる」

「言ったろ。おまえは何でも深刻に考えすぎるんだ」

「そうなのかな…… で、でも、やはり君はすごいと……そう思う」

 次の瞬間、ヴィンセントは

「あッ……」

 と声を上げてオレのいる方へ倒れかかってきた。

 風が吹いてゴンドラが揺れたのだ。それを抱き留めると、彼はますます頬を上気させる。

 

「なんだよ。何もやらしーことはしていないだろ」

「い、いやいや! 私はそんなつもりでは……いやすまない。急に揺れたんで……つい」

「相変わらず軽い身体だな」

 そういうと、オレは自分の傍らにヴィンセントを座らせた。先ほどまでの向かいの席より、一層顔が近くなる。

「その……近すぎて恥ずかしいのだが」

 そういうヴィンセントに、

「オレもだ」

 と応えた。彼が驚いたようにオレを見る。

「……どうもおまえ相手だと調子が狂う。最初はただの線の細いタークス崩れだと思っていたのに」

「タークス崩れ……」

 珍妙な面持ちで復唱する彼に笑いかけた。

「ああ、別に悪い意味ではなくてな。とてもタークスには似つかわしくなかったし、背は高いクセに、クラウドよりも遙かに華奢で……その辺が印象に残っていた」

「い、今はどうなのだろうか」

「今は、か。神経質で細くて……その辺は変わらんな。だが、ずいぶんとお綺麗な顔をしているのだと気付いた」

 顔を隠す前髪をそっと撫で上げて、正直な感想を告げる。

「ジェネシスではないが、他人のものにしておくのが惜しくなった」

「ま、また君はそうやって冗談ばかり……」

 むずがってオレの腕から逃げようとする身体を、乱暴でない力で抱きしめ、

「冗談でないと言ったら……?」

 と、訊く。

「冗談ではない言ったら……いつものように、おまえは困った顔をするんだろうな」

「セフィロス……」

「ふ……悪かったな。さぁ、もうすぐ着くぞ」

 下を見ながらそう言ったオレに、彼はどもりながら、

「も、もう、いっ……一周!」

 と叫んだ。