〜 美女でも野獣 〜
〜 FF7 〜
<3>
第二部
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 ホラーハウス・ホテルのベッドの上、ヴィンセントはクッションに身を預け半身を起こしていた。

 焦点の合わない眼差しでぼんやりと座り込む姿に、俺は慌ててベッドに駆け寄った。

「ヴィンセント! ダメだよ、無理するな! ほら、横になって」

「ク、クラウド……? わ、わたし……私は……」

 何か言いたげに口を開くが、喉に言葉を詰まらせてしまう。

 穏やかではあるが、普段はほとんど表情の変化を見せないヴィンセントである。

 そんな彼が、ひどくつらそうにしている様を見るのは、むしろ俺の方が耐え難かった。

「私は…… その……皆に……迷惑を……」

「ヴィンセント! 何言ってるの? アンタはまだ、ちょっと疲れてるんだよ。だから今はきちんと身体を休めて……」

「あの後……私はどうしたのだ? おまえがここに連れてきてくれたのだろうか? 皆は……」

 ベッドサイドに近寄った俺に、細い腕が伸びた。無意識に触れられた白い指は、小刻みに震え、ひんやりと冷たい。

「ね、ヴィンセント、落ち着いて」

 そういって、指を握る。

「ちゃんと説明するから。ただ、まだ顔色がよくないだろ? 食事だって……」

「クラウド……頼むから、話を…… 私はもう皆に隠しているわけにはいかないのだから」

 吐息のかかりそうな距離で、ルビーの色をした双眸が、水を含んでゆらゆらと揺れる。

 それをなんて美しいのだろう……と眺めている俺が居た。こんな場合であるにもかかわらず、だ。

「うん、うん。わかった。アンタがそういうなら。でも、最初に、これだけは言っておくね。『大丈夫だから、何も心配は要らないから』ね」

 その部分だけ、語気を強めて繰り返し、俺はベッドサイドの椅子に腰を下ろした。

 勤めて平静を装おうとしてはいるが、ヴィンセントはひどく怯えている。普段は使わない脳みそを、このときばかりはフル回転させた。

 無表情の下で、不安に戦慄いている彼を、これ以上不安にさせぬよう……か細い精神を痛めつけぬよう……

 まるで彼の身内……いや、すでに恋人のごとく、その身の苦しみを自分のものとして感じていたのだ。

「まずは改めて礼を言いたい。俺とティファがこうして無事でいるのはアンタのおかげだ。ありがとう」

 そう言って座ったまま頭を下げた。ヴィンセントは口の中で

『そんなこと……』

 と小さくつぶやいたが、聞こえぬふりをした。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセントのリミットブレイクが少し特殊で、変身するんだってことは俺がみんなに話した。アンタは眠ったままだったし、そのほうが良いと思ったから」

 切れ長の双眸がわずかに瞠られる。やはりそこは、不安の色が濃かった。

「……私はおまえたちを傷つけはしなかったか? あの姿になると、自我が消える……無意識のまま、仲間を……」

「大丈夫ッ! 全然問題なしッ!」

 言いかけた言葉を、強引に遮り俺は話し続けた。こういうとき、ヴィンセントの言い分を聞いてはダメなのだ。

 なにより、導き出される答えは、まずもって自虐的なものだし、身を引くことによって、すべてを解決しようとする。

「クラウド…… 問題がないはずがなかろう。あのとき、おまえたちに襲いかからなかったのは、たまたま運が良かっただけで……」

「違うッ! ヴィンセントは最初から、あの化けムカデに立ち向かっていった」

「それは偶然……」

「偶然じゃないってば! アンタは自我を失うって言ってたけど、きっとどっかに、ちゃんと『ヴィンセント』が残ってるんだよ」

「…………」

 考え事をするときのくせなのだろうか。

 ヴィンセントは震える指先を口元に添え、黙り込んだまま俯いた。

「だって、本物のビーストになってるなら、フツー、獣は弱くて小さなものから襲うっていうだろ!? だったら……」

 薄く開いた扉の向こうから、

『はぁ〜』という不快ため息や『言葉を選べよ……』『獣とか言っちゃう?この場面で』というつぶやきが、こぼれてきて、俺は無意識のうちに、かなり失礼なことを口走っていることに気づいた。

 さらに慌てふためいて、言葉を重ねる。

「ご、ごめん! いや、獣っていうか、そういう意味じゃなくてね! そ、それより、ヴィンセント、いつもは、強いだけじゃなくって、やさしくて気配り上手で、料理も美味くて……下手な女より、いい奥さんになれ…… あ、あれ……?」

(なに墓穴踏んでんだよ……)

(クラウドって、頭悪いよね、基本的に……)

 扉の向こうの小声が、さらに俺の焦燥を誘う。

 『頭悪い』というのは心外だが、確かに頭の回転がいいとは思っていない。それくらい自分でもちゃんとわかっている。

「ご、ごめん、変なこと言って! だ、だからね、俺たちはちゃんとヴィンセントのことわかってるから。理解してるから! リミットブレイクが変わってるなんていうのは、全然気にする必要ないよ! シドやバレットなんて、ヴィンセントのメシが食えなくなるなんて冗談じゃないとか、すごいシツレーなこと……」

 さらに焦って手振り身振りを加え、言い募る俺を、ヴィンセントが見つめる。あまりに大げさな様子に呆れたのか、切れ長の双眸がいつもより丸みを帯びていた。

「あ、そういう、失礼なこと言ったのは俺じゃないからね。俺はあくまでも、大切な人として…… あ、い、いや、その仲間として、ずっと一緒に居て欲しいんだ! だから、アンタがつまんないこと気にしないように……」

「カーッ!もう、聞いてらんねェ!オメーってヤツは、切れるときはそこそこ頭まわるのに、ことヴィンセントのこととなると、ガキんちょレベルに阿呆になるな!」

 そういって、無遠慮に扉を開けたのは、咥えたばこのシドであった。

「シ、シド……? タイニーブロンコの修理をしていたのでは……」

「んなの後回しよ。クラウドから、連絡もらって飛んできた。オメーが心配でよ」

「おい、ちょっ……シド! 心配してたのは、俺が一番なんだからな!」

 食ってかかる俺の腕をユフィが引っ張った。

「もう、クラウドは黙ってなって。アンタの言ってること、緊張しすぎて支離滅裂だよ。ほとんどプロポーズじゃん」

「なッ……」

 ティファの冷ややかな眼差しにあって、ユフィの物言いがあながち大げさでもないのだと気づいた。