9days 〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜 <4> ヤズー
「え……昼の……?」
「昼のスープがいい」
同じ言葉を『セフィロス』が繰り返した。
「あ、あの……同じものでいいのだろうか?」
「美味しかった。もっと欲しい」
「アッハッハッハッ! 『セフィロス』、可愛いなァ。なんだか大きなヒナ鳥さんだね。ああ、ごめん、いい意味でね。誉めてるの、ホント」
「……私は鳥ではない。それに『可愛い』と言われたのは、記憶の中では初めてだ」
「やだなァ、例え話だよ。でも『可愛い』はさ、いろんな状況で使えるんだよ。君は確かに強くて大きくてキレイだけど、そんな『セフィロス』がミネストローネを「もっと欲しい」なんていう様は、やっぱり、ちょっぴり可愛いよ」
「そうか」
別に怒るでもなく、これまでと同じように、彼は淡々と頷いた。それから、もう一度口を開く。
「……ミネスト……ろーね?」
「あ、ああ、昼のスープの名前だ。『ミネストローネ』はトマトスープがベースで、たくさんの野菜が入っている、とても身体にいいスープなんだ」
ヴィンセントが辿々しい彼の言葉の後を引き取り、丁寧に説明していた。
……以前兄さんが言っていたが、本当に向こうの世界の『セフィロス』は、日常的な物事を知らないというか……そこもまた、この佳人の不思議な魅力になっているのかもしれない。
ヴィンセントでなくとも、何となく側について、いろいろと教えてやりたくなる。
「……では、『ミネストローネ』がいい」
あらためて『セフィロス』がそう告げた。ようやく覚えた言葉を、確認しながらなぞるように。
やれやれ……これでは母性本能爆裂のヴィンセントでは、もはや放っておけないどころか手放したくないくらいの心情になってしまうだろう。
いずれは自分の世界へ帰る人なのだ。あまりにも感情移入しすぎると、別れの時がつらくなるだろう。
俺は、なんとなくそんな思いを抱きつつ、必死のヴィンセントを眺めやった。
「わかった。すぐに作ってくる。ありがとう、『セフィロス』……」
そういうと、ヴィンセントは小走りにキッチンのほうへ姿を消した。その後を追うように兄さんが飛びついていくが、きっと今はスープのことしか頭にないだろう……
「……なにが、ありがとう……なんだ?」
急に話しかけられて、俺は『セフィロス』を振り返って微笑んだ。
「うふふふ、きっと君が彼の料理を誉めたから……本当に嬉しかったんだと思うよ」
「…………」
「俺も不思議なんだけどさ。ヴィンセントはけっこうコンプレックスが強いタイプらしいんだよね。あんなに綺麗なのにねェ。料理も上手いし、細やかな気配りもできるし、何も劣等感なんて持つ必要ないと思うんだけど」
「…………」
「あの人、ウチのセフィロスに憧れてるんだよ。ぶっちゃけ、どこがいいのか俺にはよくわかんないけどね。あの乱暴でワガママで自己中心的で、口が悪くて、最悪なほどイジワルで、もう性格破綻してんじゃないの?ってほど、快楽主義者で……」
「……ク……クックックッ……」
俺の暴言があまりに酷すぎたのか、『セフィロス』は半身をかがめるようにして低く笑った。
「クックックッ……言いたい放題だな……」
「あ、ああ、ごめん。君と同じ顔してるんだもんね。もちろん、セフィロスと君のことはちゃんと別人だと認識しているよ」
念のため、口に出してそう言っておいた。
「……そういえば……」
ぼんやりと目線を前方に投げかけたまま、彼がつぶやいた。めずらしくも自分から口を開いた彼を俺はあらためて見つめた。
「……おまえと、あの男……セフィロスは似ているな。いや……おまえだけではない。あの子……カダージュという子も……ロッズも、何となく似通っていると思うが…… 髪と瞳の色のせいだろうか……」
「ああ、そのこと? それはね……」
と、ちょうど言いかけたところで、話題の主がズカズカ室内に入ってきた。そう、ウチのセフィロスだ。きっと兄さんをからかうのにも飽きたのだろう。
もしかしたら、自分のうわさ話をされていると、神的(?)インスピレーションで察知したのかもしれない。
「なんだ、おまえら。オレ様のうわさ話か」
ぶっきらぼうな物言いを無視して、ベッドの上の麗人にやさしく答えた。
「それはね、セフィロスは俺たちのパパなの。ね、ダディ?」
「ふざけるな。貴様のようなクソデカくて気色悪いガキなど居てたまるか」
「ちょっと、その言い方ってどうよ、産みの親として」
俺がツケツケともの申すと、彼はいつものように、「ケッ」と悪態を吐いた。
「うーん、細かく説明してもワケわかんないだろうから、まぁ、そうねェ、兄弟って考えてもらえば、一番しっくり行くんじゃないかなァ」
「……そうか」
とアッサリ、彼は頷いた。
「くだらん話はそこまでだ。おい、どけ、イロケムシ」
ウチのセフィロスは、不躾にも俺を押しのけると、ベッドにどかりと腰掛けた。
「具合は? どうだ?」
「……大分いい」
『セフィロス』は素直にそう答えた。
「明日は動けそうか? 遠出はできるか?」
「……え……あ……さぁ……たぶん」
「ここだと外野が多くて鬱陶しい。貴様に話しておきたいこともあるし、せっかく来たんだ。遊び場所も教えてやる」
悪の大魔王(命名:兄さん)はニヤリとタチの悪い笑みを浮かべてそう言った。
「ちょっと、バカ言わないでよ、セフィロス。昨日手術したんだよ? 今だってまだ微熱があるのに」
「微熱なんざ、気合いで何とでもなるだろ」
「あなたと一緒にしないでよね。同じ『セフィロス』でも、彼はずっと繊細なタイプのようだから」
「ただボケてるだけだろ」
と、口の悪いセフィロス。到底ベッドに寄りかかっている『彼』と同じイキモノだとは思えない。
「ホンット、言葉悪くてゴメンねェ。もう悪気はないの、この人。ただちょっと、人よりワガママで乱暴で、自己中心的で、独善的で、ワガママで……」
「ケンカ売ってやがるのか、この野郎!」
「……仲が良いのだな」
あさっての方向のセリフを述べる『セフィロス』。さすがにウチの大魔王もすぐさま毒舌で返すことができなかった。
つい、小さく吹き出した俺を、セフィロスが不愉快そうににらみつけた。
「フン、ヤズー、おまえもこの怪我人にずいぶんとかまっているじゃないか」
「それは当然でしょ。ヴィンセントたちを守って傷を負った人なんだから。いわば家族の恩人だもの」
「ほぅ、それだけかね、コレ」
おかしな物言いをするセフィロス。山田先生のようだ。
「それにまともに看病できる『能力』があるのって俺とヴィンセントだけだしねェ。あ、別にあなたが役立たずって言ってるわけじゃないからね、ちょっとしか。」
スラスラと口から対抗セリフが出る。俺の場合、頭で考える前に言葉が出てくるのだ。特にセフィロス相手のやり取りには慣れているから。
「はっ! クラウドではないが、あの末のガキがヤキモチを妬くのではないのか?」
「え? カダのこと? その点は心配ないよ。利口な子だし、俺が誰よりもあの子のことを大事に思っているのはちゃんとわかっているはずだから」
さわやかに言ってのけた直後に、ヴィンセントがやってきた。
『セフィロス』ご所望のミネストローネができあがったのだろう。欲目ではなく、ヴィンセントの作るそれは、俺も大好物だ。
「お待たせした、『セフィロス』」
ヴィンセントがそう言って入ってくると、後から兄さん、カダージュとゾロゾロついてきた。夜の早いロッズはもう部屋に引き取ってしまったのだろう。
「『セフィロス』、目、覚めたんだね。食欲があるなら、すぐ治るよ〜。ね、ヴィンセントのお料理、おいしいでしょ〜?」
なつこいカダージュの言葉に、彼は
「ああ」
と低く応じた。
「では、失敬」
そういうと、ヴィンセントはごく当然のように、スープボウルを持ってベッドの脇に陣取る。
背後から感じる漆黒のオーラは兄さんのものだろう。どす黒い怨念がうねりを帯びて、空間に放出される。
「……ああ、いや、自分で……」
それに気付いたのか、『セフィロス』はそう申し出た。
「……片手だけでは食べにくいだろう? スープ皿を支えることもできないのだし……」
ヴィンセントが穏やかにそう言った。
「だが、クラウドが不快のようだ。……面倒くさい」
最後に付け加えたセリフが、いかにも「セフィロス」という人物らしくて、俺は吹き出しそうになった。
「ちょっ……セ、『セフィ』ってば!」
慌てる兄さん。ヴィンセントが眉を顰めて彼を見たからだ。
「クラウド……おまえは……どうしてそう……」
「じゃあ、僕が食べさせてあげるッ! 大丈夫、ちゃんとできるから! ね、僕でいい? 『セフィロス』」
そう言ったのはカダージュだった。
カダージュとウチのセフィロスの関係は微妙だ。カダも俺には素直だが、けっこう意地っ張りなところもあるし、セフィロスとは出会い頭にやり合った仲なのである。
では、不仲なのかと言われればそうではない。
やはり、カダージュにとって、最強であり、自らの創造主でもあるセフィロスは、憧れの対象になるのだろう。その人と同じ『セフィロス』。
側によって話をしてみたいというカダージュの気持ちは何となく理解できた。
「うふふ、そうだね、じゃあ、カダにお願いね。行こう、ヴィンセント」
「あ、ああ……」
あっさりと俺がそう言って踵を返すと、ウチのセフィロスがむっとした顔でにらみつけてきた。
こうして、『彼』にとっての最初の一日は過ぎていった。
昨夜、手術をしたことを考えれば、体調も含めた上で、ずいぶん快復したといえるのだと思う。
やはり、ここでもどこでも、「セフィロス」は特別な人らしかった……