9days
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<5>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

 the third day

 

 今日は山田先生の往診がある。

 というか、もともと往診はしない医師なのだが、無理を言って迎えに行かせてもらうことになっているのだ。電話ではさんざんあの口調で嫌みを言われたが、それでも来てくれるというのだから有り難いことだ。

 『セフィロス』の体調は、ほぼ心配はなくなっている。だが、昨日までうっすらと微熱が続いたことを理由に、ベッドに入ってもらっていた。

 もちろん、きびしくそれを主張したのは、ヴィンセントその人であった。

 この日の診察結果により、床上げが決まるか、否かが決まるという微妙な話しになっていた。

 『セフィロス』自身は、おとなしくヴィンセントの言いつけを守っていた。

「微熱があるから、大事をとった方がいい」

 と言われれば、黙って頷いて横になっていた。

 当然食事も、サンルームに運んで行く。さすがに、スプーンで口にスープを運ぶようなことはなくなっていたが、ヴィンセントが側について介添えをしてやりながら、『セフィロス』はゆっくりと食事を取っていた。 

 そんな彼に対し、人一倍思いやりのあるヴィンセントが、愛情を深めるのも頷けるわけだが……

 ……老婆心とは思うが、いずれは離ればなれになる境遇を思うと、一生懸命の彼の姿に、胸が疼くような気持ちだった。

 

「……『セフィロス』……起きているだろうか?」

 ヴィンセントが彼に声を掛ける。

 さっき、昼食を取ったせいか、うつらうつらとしていた様子であった。

「ああ……」

「あ、あの、具合はどうだろうか? ……しばらくしたら医師が診察に来るが……」

「……問題ない」

 ボソリと彼はつぶやいた。

「そ、そうか……ならばよかった……」

「はやく……風呂に入りたい」

 もっともなセリフを『セフィロス』がこぼした。

「うーん、そうだよねェ。身体拭いてもらうのとは違うもんねェ。もう熱もなくなったし、今日はお湯に浸かってもいいんじゃない?」

「……いいのか?」

 ぼんやりと視線を泳がせていた『セフィロス』が、こちらを見た。

「ねぇ、ヴィンセント」

「あ、ああ……だが…… 傷口が熱を持ったりしないだろうか。浴室の中でも片手しか使えないのでは……」

 思案深げにつぶやくヴィンセントである。

「うーん、まぁ、傷の具合は今日の診察の様子を聞いてみてだね。片手しか使えないのは問題ないでしょ。だれか一緒に入って手伝えばいいんだから」

「いや、あの、私は、そんな、とても……」

 ……ヴィンセントは、この家の中で最年長らしいのだが。

 まるで女学生のように、心許なげに恥じらうのであった。

「ああ、俺が一緒に入るよ。いいでしょ、『セフィロス』」

 コクンと頷く『セフィロス』。

 彼にとってみれば、風呂にさえ入れれば、他のことはどうでもいいのだ。ようは『目的』以外のことには完全に無関心なのである。

 のぼせてしまっているヴィンセントは気付かないのかもしれないが、『セフィロス』は誰に対しても興味を抱いていない。唯一、関心があるのは、自分と同じ姿形をもつセフィロスくらいだろう。

「どうしたのだ、ヤズー……?」

 ヴィンセントに声を掛けられて、俺は物思いから引き戻された。

「あ、ああ、ごめん。いや、そろそろかなと思ってさ……」

 そう言いかけたところで、ちょうど良く表が騒がしくなった。車の爆音が聞こえたところをみると、セフィロスは山田医師を連れ戻ったのだろう。

 

  

 

 

「あー、どうもね、コレ。あー、元気かね、セピロスくん?」

「オレは元気だ。それからオレ様の名前は『セフィロス』だ!」

「あー、チミじゃないよ、うるさいねェ、耳元で、コレ。あー、ベッドに寝ているほうだよ、ソレ」

 いつもの調子で、山田先生がやってきた。

「ああ、先生、ご苦労様ですゥ。すみませんねェ、ワガママ言ってェ」

「あー、ヤズーくん、チミねェ。ホント、アレね、このおうちの人は困るよ、コレ。ホント、我が輩を何だと思っとるかね、コレ」

「医者じゃん、ヤマダー」

 と兄さん。それを後ろに追いやり、サンルームに医師を通した。

「……お世話になります、先生」

 とヴィンセント。

「あー、ヴィンセントくんね。チミはやっぱり痩せっぽちのまんまだねェ、コレ」

「ちょっと前に会ったばっかでしょ。それにヴィンセントのチャームポイントに文句つけないでよ」

「……クラウド。それでは先生、よろしくお願いします」

 丁寧にヴィンセントが申し出た。

 『フムフム』ともったいぶったように頷き、山田医師は『セフィロス』の寝台の側に立った。

「あー、どうかね、弟くんね、コレ」

「……もう何ともない」

 素っ気なく『セフィロス』が答えた。本人にはそんなつもりはないのだろうが、彼の物言いは非常に無味乾燥だ。

「そーかね。フムフム。ではちょっと具合を見てみようかね、コレ」

 そういうと、手ずから、『セフィロス』の包帯を外しにかかった。これまで包帯自体を変えたことはあるが、一番下の押さえ布と薬品を含ませたシートは外していない。

 つい、ごくりと息を飲んでしまう。

 ちなみにこの場に居るのは、当の『セフィロス』と、もうひとりのセフィロス、ヴィンセント、ちょっと下がったところに兄さん、そして俺だ。

 カダージュとロッズには、人が多いと治療しにくかろうという理由で、遊びに出ていてもらってた。

「あ〜、どれどれ。では失敬」

 まるで膏薬のようなシートをゆっくりと剥がす。あらわになった傷痕に、ヴィンセントがごくりと喉を鳴らせた。

「……ほぅ、ほうほうほう」

「……なんなの、センセ。フクロウの真似?」

 と、兄さん。

「いやいやいや、こいつは驚いた。だいぶよくなっているようだね、コレ。いやぁ、よかった。人によっては、こいつを剥がしたときに、出血しちゃうこともあるからねェ。ふーむ、順調、順調」

 その言葉を聞いて、ようやく俺も一息つく。いや、俺だけではないだろう。当の『セフィロス』以外の者たちは、皆一様に安堵の色を覗かせた。そう、ウチのセフィロスさえも。

 もちろん、あからさまに嬉しそうな顔はしないが、詰めていた息を吐き出したのに、俺は気付いていた。

 おかしなもので、『セフィロス』本人だけが、それこそ他人事のように、ぼんやりと縫合の後を眺めていた。

「え〜と、では消毒しておこうかね、コレ。あー、ヤズーくん、ソレ取って」

「え? ソレって?どれよ?」

「ソ、ソレ。その瓶だよ、コレ。消毒薬が入っているからねェ、ソイツは」

「ああ、はいはい」

 手早く消毒を済ませ、きちんと包帯を巻き直す山田先生。

 そんな彼にめずらしくも『セフィロス』が、自発的に問いかけた。

「……いつになったら、動かせるのだろうか?」

 なんとなく、皆で、彼を見つめてしまう。

「え〜、だってチミねェ。縫ったの三日前だよ、コレ? こんだけよくなってるだけでももうけもんでしょうがね、コレ」

「…………」

「え〜、あ〜、そうねェ。まぁ、一週間は見ておきなさい、コレ。幸い、この家には家族が多いようだからしてね、コレ。みんなに、協力してもらって、ゆっくりしときなさいよね、チミね」

「はい、先生。それはもう。もちろんそのように致します」

 無言のままの『セフィロス』に代わり、すかさずヴィンセントが後を引き取った。

「はいはい。そんじゃあ、治療は終わりだね、コレ。あー、熱が出たりはせんかね? 熱冷ましを一応持ってきたがね、コレ」

「……無用だ」

 と、『セフィロス』。

「あ、いえ、万一のことがあると困ります。それも一緒にお願いいたします」

 どこまでも慎重なヴィンセント。そんな彼を寝台の上からあきれたように、『セフィロス』は眺めたが、特に何も言ったりはしなかった。

「じゃあ、これでシツレーするがね。経過は順調だが、無理をしてはいかんよ、コレね。では失敬失敬」

 ヤマダーはお茶も飲まずにさっさと出ていってしまった。

 なんでも、今日はこの後、寄るところがあるということであった。