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〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
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 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜、よかったねェ、『セフィロス』。このまま行けば思ったよりも早く本復しそうだね」

 俺がそういうと、『セフィロス』はようやく自覚したのか、ホッと吐息した。

「さてと、それじゃあ、今日は床上げのお祝いだねェ。夕ご飯楽しみにしてて」

「ヤ、ヤズー……そんなにいきなり……大丈夫だろうか。もうしばらくは安静にしていたほうが……」

 とヴィンセント。

 それにめずらしくも『セフィロス』が、言葉を返した。

「……気持ちは有難いが。もともと病というわけではなく、ただの負傷だ。熱が下がれば普通の生活ができる」

「セ、『セフィロス』……そ、それはそうだが……」

「……外を歩きたいのだ」

 彼が低い声でそうつぶやいた。

「この世界の景色や人間たちを見ていきたい……」

「……君が……そういうのなら」

 さすがにヴィンセントも、そう言って頷いた。

 今日はもう陽が暮れるので、床上げだけを行い、明日からゆっくりと通常の生活に慣れていくというプランでゆくことになった。

 

 まもなくカダージュたちも帰ってくるだろう。

 今日のディナーの食卓は、『七人』だ。なんといっても『セフィロス』の快復祝いなのだから。

 俺とヴィンセントは、簡単に打ち合わせを済ませ、夕食の仕度にかかった。

 

 

 

 

 

 

 俺たち家族の恩人の本懐祝いが、その夜厳かに行われたのであった。

 ……まぁ、ぶっちゃけ、いつも以上ににぎやかな夕食ということだが。

「はい、そんじゃあ、一家の主としてこの俺が祝辞を……」

 エヘンと咳払いをして、グラスを片手に立ち上がる兄さん。

「ひっこめ、アホチョコボ!」

「なんだと、居候のくせに、コルァァァ!」

「もう、ちょっと、グラス持ったところでケンカし出さないでよ。早くして」

「見ろ、怒られちゃっただろ、セフィのバカ!あ、ウチの方のね。 えー、じゃ、あっちの世界の『セフィロス』にかんぱ〜い!」

「ハイ、かんぱーい!」

「かんぱぁい!」

「乾杯ッ!」

「……乾杯」

 口々にそう言って、まずはシャンパンを空けた。

「あ〜、お腹空いた〜」

「おい、今日は無礼講だろ。ワイン、開けろ」

「あ、で、でも……飲み過ぎては……身体に……」

「ケッ、大の男が酒の一本や二本でどうこうなるわけねーだろーが、おまえじゃあるまいし」

「セフィ! ヴィンセントにひどいこと言うなッ! おかわりッ!」

「僕もおかわり!」

「おかわり〜」

 あっという間に魚料理を平らげ、ミートローフもサイコロステーキもどんどん無くなってゆく。

 

「あ、あの、『セフィロス』……口に合うだろうか……? これまでの食事よりも大分油を使ったものが多いから……」

 ヴィンセントの強い希望で、あえて『セフィロス』と隣同士にセッティングされた席。彼は小声で今日の主役に声を掛けた。

「……よくわからないが、美味い」

「そ、そうか…… ならばよかった……」

「だが……」

「ん……?」

「だが…… みな……早いのだな……」

 その素朴な発言に、俺は吹き出しそうになった。

 『セフィロス』は、ヴィンセント以外の男どもの食べっぷりを、唖然としたようすで眺めていた。

「まぁ、男ばっかだからねェ。おかげで食費がものすごいよ。ねぇ、ヴィンセント」

「ふふふ……だが……作った者としては、美味しく食べてもらえるのが一番だから……」

「そりゃそうだけどさァ。ああ、『セフィロス』もいくらでもおかわりしてね。たくさんあるから」

「ただ、酒は控えたほうがよいだろうな……傷に障る」

 まだ動かすことのできない片手を見て、ヴィンセントがそう言った。『セフィロス』が魚料理の付け添えを食べ始めたのを見はからって、ごく自然に皿を引き受ける。

 片手ではムニエルの骨をとるのが難儀すると考えたのだろう。手早く作業を終えると、食べやすいように形を整え、彼の前に差し出した。

 俺の隣の席で、ねつい視線を送る兄さんを椅子ごと蹴っ飛ばすセフィロス。そしてヴィンセントが『セフィロス』の空になったスープ皿におかわりを足してやった。

 『彼』はゆっくりゆっくり食事をする。

 いや、それほど遅くはないのかもしれないが、やはり片手が使えないのと、まわりが早すぎるので相対的にそう見えるだけなのかもしれない。

「やれやれ、ったくテメーはメシを食うのもトロいのか」

 遠慮会釈無い、ウチのセフィロスの暴言。

「……おまえたちが早すぎる。それに……いったいどれほど食すのだ」

 その指摘はもっともと言えた。

 兄さんもカダたちもおかわりはするが、やはりセフィロスにはかなわない。分厚いステーキでもあっという間に3枚程度はペロリと平らげてしまう。

「ってゆーか、今日は『セフィロス』の快気祝いなんだからねェ。ちょっとは遠慮したらどうよ、あなたたちは」

「残るともったいないだろ」

 とセフィロス。「そうそう」と兄さんも頷く。こんなときばかり気があっている。

 ……フッと『セフィロス』が笑った。

 その様子を横目で盗み見て、俺は何となくあちらの世界の『クラウド兄さん』のことを思い出していた。

 彼が初めてこちらの世界にやってきたとき、ウチのセフィロスを見て、卒倒せんばかりに怯えていた。いや、ただ「怖がる」「怯える」という言葉では例えがたい。あの取り乱しようは明らかに『異常』であった。

 見知らぬ世界に迷い込み、借りてきた猫のように大人しかった彼が、一目、セフィロスを見た瞬間……

 蒼い双眸が飛び出さんばかりに見開かれ、顎が小刻みに震え、こめかみを汗が伝っていた。

 ……そして、魂を引きちぎられるような絶叫……

 その様は、ほとんどキチガイ……あ、いや、『精神疾患』としか言いようがなかった。事実、俺は精神病を疑っていた。我々にうち解けてからは、比較的落ち着きを取り戻してくれたが、その間であってさえも、『セフィロス』の話題は禁忌になっていた。

 結局、扱いの上手いセフィロスが、『クラウド兄さん』の面倒を見る形になり、俺は彼の内奥に深く関わることはしなかったが……

 

 むこうの『クラウド』は、なにをそんなに恐れていたのだろう?

 今、俺の向かいの席で、上品に食事をしている青年に、何をされたというのだろう?

 それとも、俺の見ている『セフィロス』はまがいもので、本当の彼は『クラウド』のみが知っているのだろうか?

 ……おかしなことを。

 考えても無駄だということはよくわかっているはずなのに。

 俺の知っている『セフィロス』は、今、目の前に居るこの人……それでいいではないか。

 強い動機の有無は知らないが、彼が身を挺してヴィンセントと赤ん坊を救ってくれたのは事実であったし、この家で、寄る辺なく夢見るように時を過ごしている彼は、実害のある人物には見えなかったから……

「……ヤズー? どうかしたのか?」

 ヴィンセントに声を掛けられて、顔を上げる。『セフィロス』もこちらを見ていた。ガラスのように冷たく澄んだ双眸が美しかった。

「……いや、なんでもないよ。俺もそろそろデザートもらおうかなァ」

 そう言って席を立った。

 綺麗にデコレーションされたクレープを、ものめずらしそうに眺めていた『セフィロス』が、何だかひどく可愛らしく見えた。