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〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<11>
 
 セフィロス
 

 


 

 

  

 

『セフィロス』がグイとグラスを空けると、煽るように次へと満たしてやる。

「……酒はダメだ。ヴィンセント・ヴァレンタインが……」

「フルーツジュースだ。味は濃厚だがな オラ、飲めッ!」

 ぐいぐいとグラスを押しつけると、ヤツはじっと琥珀色の液体を眺めていたが、それをグッと煽った。

「よしよし。いい飲みっぷりだ。おい!」

「あ、はい」

 片手をあげて支配人を呼ぶ。

「ボトルを置いていけ。……席には誰も着けなくていい」

「は、はい。ですが、『お客様』……」

「こいつは……そう、親戚みたいなモンだ。いつもどおりにしろ」

 オレは黒髪の支配人にそう言ってやった。

 もちろん普段は、オレを『お客様』などと呼びはしない。

「……わ、わかりました。でも、セフィロス。これは大分強い酒ですが……」

 ちらりと心配そうな視線を、オレのとなりの男に投げかける。

「フフン、いざとなりゃ、オレが背負って帰るさ」

「……はぁ」

 眉を顰めつつも、彼は新しいボトルをつけてくれた。

「……まぁ、アレだ」

 支配人が向こうへ行くと、オレはふたたび口を開いた。

「オトナとして忠告してやったさ。『クラウド』ひとりで手一杯のくせに、よけいなことをするなとな。『セフィロス』自らが口に出して望んだわけでもないのに、無用な手出しをするなと言っておいた」

「私があの者に何を求めるというのだ。……バカバカしい」

「『クラウド』に求めたんだろ。だがダメだった。むしろあの子はおまえに浸食され、思うがままになる人形に成り下がった。おまえの手を取り、導く役目を果たすにはあまりにも脆弱で繊細すぎたんだ」

「……勝手なことを言うな」

「独り言だといったろ」

「あの子は私のモノだ。『クラウド』は私がいなければ生きていけない。あれが本当に望むようにしてやれるのはこの私だけだ……!」

「おまえがそうさせたんだろ」

「……そのとおりだ。あの子はそれを受け入れた。自ら私の駒になったはずなのに……!」

「…………」

「……レオンと共に在るならば、自分は普通に人間になれるだと……? クックックッ、くだらぬ夢想だ、『クラウド』」

 細い指がグラスを握りしめる。力任せに砕かないかと、オレは少しだけ心配になった。

「……レオンがこちらの世界へ姿を消して三日……わずか三日ばかりで、あの子は私の名を呼んだぞ……!? 『ひとりになるのは怖い……セフィロス、側に居て欲しい』とな……ッ! どうだ? 呆れ果てた淫売だとは思わぬか……ッ!? 私のふところから逃げだし、レオンを誑し込んで自らの身を守り、その人物が居なくなると、独りは怖いと泣いて許しを乞う……! 私があれを嬲るのはそれが相応しい下司だからだ。何故、この私があの薄汚れた子どもを慈しんでやらねばならぬ。あのような者、ひまつぶしの相手にしてもらえるだけ僥倖だと思うべきだ……! 下賤の輩が……ッ!」

 ヤツは憑かれたように、一挙に捲し立てた。

 さすがに声が高かったのだろう。近くの席の連中が、さりげなくこちらに視線を送っているのに気づいた。

「……落ち着け。座れ」

 腰を浮かせかけた『セフィロス』の背を叩く。

「ほれ、飲め」

 オレはダバダバとやや行儀悪く、おかわりを注いでやった。ヤツは無表情にそいつをグッと飲み干した。

 白磁のような頬が上気する。あまり飲みつけないのだろう。酔いが回りやすいようだった。

「私があの子どもの相手をしてやるのは慈悲のようなものだ……! そう……ついこの前だって……こちらのクラウドの邪魔が入らねば、あの子の望むとおりにしてやったろうよ」

 興奮冷めやらぬ口調で、ヤツは吐き捨てるようにそう言い放った。

「アレが幼い頃から手元に置いてやっていたからな…… 哀れと思えば情けも掛ける」

「慈悲……ね。もういいんじゃねーのか?」

 オレはゆっくりとそう言った。

「……なんだと……?」

「もう手放してやれと言っているんだ」

「……貴様など……我らのことなど何も知らぬくせに……!」

「知るか、他人の事情なんざ。ただ、あの子のことはオレも気に入っているんでな」

 自分のグラスにも新たに注ぎ足すと、氷を一つ落とした。カランと涼しげな音が響く。

「……おまえには『クラウド』ではダメだ。わかってんだろ、他人に言われなくても」

「……私はあの子どもに何も求めてはいない。先ほどからそう言っている」

「それならそれでかまわん。だからもう放っておけ。……レオンと一緒に生きることにして、ようやく普通になれると『クラウド』は言っていた。あの子に興味が失せたのなら、そのまま放置しておけばいい」

「……今でもアレは私を求めている。そして同時に憎んでいる。『クラウド』と私は永遠に切り離されることはない…… 何が在ろうとも永遠にな」

 白い喉が、嚥下に合わせて動く。

 ここに座れば語るか飲むかしか出来ることはない。語るのが苦痛ならば、ヤツのように味もわからぬ酒を、胃に流し込むように飲み下すしかすることはないのだ。

 

 ……オレはわずかに逡巡した。

 口にしてよいのか迷ったのだ。

 きっとこの男は認めようとしないだろう。だが、オレはほとんど確信に近い思いで、自らの考えを認識していた。

 『セフィロス』は脆い。

 口に出す言葉こそ、それほど多くはないが、頭の中では幾重にも思考が巡らされているのだろう。しかも考えるだけ考えて、答えを出すことさえもできないほどの臆病者だ。

 一見、複雑に見える人間ほど、衝撃に耐えられず、認めてしまえば楽になれるものを受け入れようとはしない。

 

 ……『セフィロス』。

 皮肉なものだな。

 オレはあちらの世界の『クラウド』を愛おしいと思っている。ありったけの勇気を振り絞り、レオンのところに飛び込んでいった強さををまぶしく感じている。

 そう、あの子のほうがおまえよりも強いのだ。しぶといのだ。

 いや、言葉どおりの『強い』ではない。

 『よりよく生きよう』という意志があるのだ。少しでも幸福なように、笑うことができるように……楽なように……それを求める力は生きる強さだ。

 ……そう、おまえには無いものだ、『セフィロス』。

 すべてをあきらめ、小さな慰めだけを掌で転がし、無為に時を彷徨うおまえとは絶対的に異なるもの……

 何故、おまえは「そうなのだろう」?

 そういう生き方しかできないのだろう?

 遥か過去……オレが足踏みをした場所にさえも、届かぬおまえ…… 

 おまえはその年まで、どうやって時を重ねてきたのだろう……?

 いや、『セフィロス』という人間は何者なのだろう? 何を求めているのだろう……?

 

 何を求めている……?

 過去は知らない。だが、少なくとも今は……これまでとは異なる形で、無意識のもとに求めているモノがあるだろう……?