9days
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<12>
 
 セフィロス
 

 


 

 

  

 

「……なんだ……人の顔をじろじろと眺めて……」

「ああ……別に」

 オレは適当にごまかした。ついおのれの思考の淵に沈み込んでいたようだ。

「同じ顔だろう。……見つめて何が面白いのか……」

「違う。そうじゃない」

「………………」

「おまえのことを考えていた。これ以上話すと、どいつもこいつもヤバイことになりそうだ」

 これでは到底理解できまい。

 だが、しょせん、オレは別世界の住人だ。これ以上の茶々入れはよけいなお世話以外の何ものでもない。

「……話の途中で言葉を切るな。不快な」

「……違う……そうじゃないだろう、『セフィロス』……」

 オレは低くつぶやいた。

 ヤツが不審そうな面持ちでこちらを眺める。

 ……酒を過ごしたようだ。それほど酔いが回ったつもりはなかったが。

 いや、酔ったというなら、オレよりもこの男のほうだろう。なんとかすました風は保っていたが、白い頬はごまかしようもなく上気していたし、呼吸もわずかに速くなっていた。

「何が言いたいのだ……?」

「……おまえは『クラウド』を玩具だと吐き捨て、どちらつかずの淫売下郎とこき下ろす」

 オレは先ほどこの男が、言い放った文句をみせた。

「そのとおりだ。レオンに言い寄りながらも、独りになれば、すぐに私の名を呼ぶ下賤の輩だ」

「……ずいぶんな言いようだな」

「……その通りだろう。だから何なのだ?」

「……違う。そうじゃないだろ、『セフィロス』」

「……なに……?」

「……おまえは……」

 となりに座る男の、氷のような双眸を見つめ、オレは口を開いた。

 ……自制がきかなかった。言うべきではなかったのかもしれない。

 これを酒のせいにしてしまうのは、さすがに無責任すぎると自分自身でもそう感じていた。

 

「『セフィロス』、おまえはあの子がうらやましいんだ」

「……な……?」

「……おまえは……あの子に……『クラウド』になりたかっただけだ」

 オレはそう告げた。

「……な……に……?」

 色味の薄い瞳が、大きく見開かれてゆく。

「……おまえ自身が、あの子になりたかっただけだ。戸惑いながらも、レオンが差しのばした手を取って……そこから、『誰かと寄り添う生』を生きてみたかっただけだ……」

 

 バシィン……ッ!

 

 という、冷たい破裂音は、オレの耳元で鳴った。

 横っ面を張り手で殴られたのだ。

 ……不思議と痛みは感じなかった。むしろ、殴りつけたあいつのほうが、苦しそうなツラをしているだろうと、そう感じた。

「セフィロス……!?」

 パタパタという軽い足音は、支配人がやってきたのだろう。

 大声で怒鳴り合ったわけではないから、他の客どもの目はほとんど引かなかったらしい。だが、さすがに支配人はごまかしようがなかった。こいつはオレの愛人なのだ。

「セフィロス? どう……」

「いい……何でもない。騒がせてすまなかったな」

 オレは黒髪の支配人にそう言った。ヴィンセントによく似た細面が、不安を押し隠して無表情を保っている。

「そろそろ退散する。これで……」

 カードを差し出すと、きちんと両手で受け取り、足早に席を離れた。場の空気を読んだのだろう。

 

「おい、気が済んだか、暴力男」

「……ハァハァ……」

「てめェはよく息を切らせるな。運動不足じゃないのか?」

 からかいにも反応せず、ヤツはオレに詰め寄った。

 

「……私が……この私が、あの子どもになりたいだと? 無力で愚鈍で無知なあの子を羨んでいるというのか……ッ!?」

「…………」

「あの哀れな子どもになって、ホロウバスティオンの愚直な青年と共に生きたい……? ハッ! くだらぬッ! この私が……この……私が……ッ!」

 激昂する『セフィロス』の肩を抱き、押さえつけるようにソファに沈める。人目を寄せ付けないためと、こいつが落ち着くようにだ。今夜はもう十分すぎるほど目立ってしまった。店にも迷惑を掛けたことだろう。

「……いいから、少し落ち着け。酒のまわりが早くなるぞ」

「貴様が埒もない話をするからだ……!」

 埒もない話で無いことは、『セフィロス』自身の激昂の仕方でよくわかる。だが、あくまでもオレの失言で片付けたいらしい。こいつがそうしたいのならば、それはそれでかまわなかった。

「……きさま……が……ッ!」

「ああ、そうだな……悪かった。レオンの話を聞いていたら、ついそんな風に感じてな」

「…………」

「……もし……レオンがおまえの気持ちを欲しがったらどうする? 『クラウド』にしたように、おまえの内側に入ってこようとしたら……?」

「できるものか……!」

 押し殺した悲鳴のように『セフィロス』が叫んだ。

「あいつはしつこいぞ。鬱陶しいほどにな」

「……私は変わらぬ……何人たりとも私を変えることなどできぬ……」

 その言葉は、ほとんど呻き声であった。

 残りの酒を、一気にグラスに空けた。ダンと目の前に置いてやると、ヤツはひったくるようにして、一挙に飲み干してしまった。

「……キリがいいな。帰るぞ」

 カードを仕舞い、上着を受け取ってやる。

「セフィロス…… 大丈夫ですか?」

 支配人がオレに声を掛ける。

「ああ、何ともない。騒がせてすまなかったな」

「いいえ……そういうことではなくて……」

 言いにくそうに彼はつぶやいた。困惑したようにオレから目を反らす。こいつがこんな仕草を見せるのはめずらしい。彼の視線の先を辿ると……何のことはない。

 撃沈した銀髪男を、気の毒そうに眺めていたのだ。

 『セフィロス』は浅い呼吸をくり返し、テーブルに突っ伏してしまっていた。

「チッ……やれやれ、手間を掛けてくれるな」

「あまり嗜まれる方ではなかったのでしょう。お可哀想に……もう少し、気遣って差し上げるべきです」

 黒髪の支配人は、諭し口調で苦言を呈した。

「おまえまでオレに説教するのか?」

「はい。セフィロスは口に出して言わないとわかってくださらない人ですから」

「フン、今日はどこに行っても悪者扱いだ」

 悪態をついたオレを宥めるでもなく、彼は言葉を続けた。

「……表に車を呼んであります。どうぞお気をつけて」

「気が利くな。……また来る」

 ヴィンセントによく似た色味の薄い唇が、淡く笑みを浮かべる。首の後ろに片手を回し、軽く引き寄せ口づけるとオレはそうささいた。

 魂の抜け殻と化したボケ老人を背負い、オレはようやく帰途についたのだ。

 

 ……深夜の二時近く……

 思ったよりも遅くなってしまったようだった。

 

 ……The eighth days ……