悪魔のKISS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
Interval 〜03〜
 セフィロス
 

 

 

 
 

 

 

 

 夜中に倒れたあの日から五日目……

 身体は大分楽になっていた。メシもいつもどおり……とはいかないが、出された病人食はそこそこ食っている。

 だが、やっかいなことに微熱が引かない。

 苦しいだの、つらいだのという症状ではないのだ。

 ただ、少しばかりだるいのと、なにを食べても味がハッキリしないのが、ひどく不快だった。

 

 その後、ヴィンセントはごく自然に病人にかまうようになった。

 まぁ、つまり、オレにだ。

 

 結局、平日の昼間だとクラウドは仕事でいないし、ガキどもは遊びに出掛けている。ヤズーだけはどういう日常を過ごしているのか知らないが、あいつも居たり居なかったりとフラフラしているようだ。

 結果、確実に家にいるのは、外出嫌いでハウスキーパーを自任しているヴィンセントと、寝ているしかすることのないオレのふたりだけだった。

 もっとも、今日は週末なので、他の連中も家に居るのだろうが。

 

 

 朝……とは言っても9時過ぎごろ、ヴィンセントは朝食を持って部屋に来る。このとき必ずチビ猫も一緒なのが面白い。

 面倒くさがりを自認しているが、シャワーを浴びずにメシを食うのは、どうにも気分が悪くて、多少の微熱があっても湯に浸かることにしている。

 ヴィンセントは快く思っていないようだったが、オレの習慣に口出しするようなことはしなかった。もっともバスローブのまま、いつまでもフラフラ起きていると、控えめだが確固たる態度で、ベッドに連行されるわけであるが。

 

 ……やれやれ、こんな形でヴィンセントに『ベッドに連行』されることになるとは……こちらから連行するのはよいが『される』のはなんて屈辱なのだろう。

 だが今は考えても致し方ないことであった。

 

「37.4℃……困ったな、微熱が引かない……」

 本当に困惑した表情でそうつぶやくヴィンセント。

「たいした熱じゃないだろう。もう何ともない」

「……だが……」

「別に普通に物も食えるし、明日からいつもどおりに生活する」

 やや虚勢を張ってオレはそう言った。

「……そ、そんな……セフィロス……無理をしないでくれ。治りかけが一番大切なんだ」

「もう治った」

 我ながらガキのように言い放った。

 会話をしている間に、チビ猫がベッドの上によじ登ってくる。 

「おまえは神経質すぎるんだ。放っておけば平熱に戻る」

 オレはじゃれついてくる『ヴィン』の喉元をくすぐってやりつつそう言った。

 

「セフィロス……」

 吐息混じりにヴィンセントがオレの名をつぶやく。

「……フン、そんな顔をするな。さすがに退屈でな」

 思わせぶりにそう言ってみる。

 正直、37.4℃という微熱のおかげで、動き回るのはかったるかったし、メシも腹にたまるような重いものは食いたくなかった。

 結果、室内で安静にしているしかやれることはないのだが、そのまま認めてしまうのはつまらない気がした。

「こう毎日、一人きりで寝てばかりいるとな」

 ふぅとわざと大げさに吐息する。

 『一人きり』とは言っても、ヴィンセントはよく様子を見に来るし、気まぐれイロケムシも恐る恐る(面白がってるようにも見えるが……)訪ねてきている。

 

「で、では……ええと、その……どうすれば退屈せずに済むだろうか? あ、ああ、そうだ。クラウドを呼んでこようか? 今日は休日だから……彼も部屋に……」

 一生懸命考えて答えるヴィンセント。

「バカか、おまえは。あの騒々しいクソガキが来たら容態が悪化する」

「……そ、そんな」

「おまえ、なにか話でもしろ。なんでもいい」

 オレは横柄にそう言った。

「……え、ええ? そう言われても……君に聞かせられるような話は……」

「では、こちらから振ってやる。おまえ、この家の中で一番頼りにしているのは誰だ?」

 オレは唐突に切り込んだ。

 

「え……? ええ? は、話って……そ、そんな話題は……あの……そ、その……」

 あからさまに困惑するヴィンセント。

 雪のように真っ白な頬に、微かな紅味が差す。

「別にいいだろ。退屈しのぎの世間話だ。ここだけの話にしておいてやる」

「……強くて頼りになるのは……君だと思うが……でも、その、君はたまに非道く意地の悪いことをするし……機嫌が悪いときは……あの……こ、怖いし……」

 上目がちにオレの様子をうかがい、小声で続けるヴィンセント。

「…………」

「……や、やはり、ヤズーだと思う。彼は、気の利かない私にも、嫌な顔ひとつせず、いつでも優しくしてくれて……助けてくれるから……」

「イロケムシね……」

「あ、す、すまない。気を悪くしないで欲しい……」

 慌てて謝罪する。しかし、クラウドの『ク』の字も出てこないところが可笑しい。

 

「……あ、あの、セフィロス……?」

「フン、別に。最強がオレだと認識しているならそれでいい」

「あ、ああ、それは……もう」

「しかし、クラウドという名のカケラも出てこんな」

「あッ……」

 自分で驚いたように声をあげる。

「い、いや……クラウドは……い、いつでも、その、私のことを大切にしてくれているし……多少幼いところはあるが……だが、本当に……あの……」

「そうかそうか。まぁ、あいつはガキだからな。おまえに忘れられても致し方ないと言える」

「そんな……そうではなくて……ああ、私の物言いがよくないのだな……ク、クラウドはわざわざ口にして言うまでもなく……私にとっては……あの……その……」

「プッ……クハハハハハッ!」

 ヴィンセントの必死の形相がおかしくて、こらえきれずにオレは吹き出した。

 

「セ、セフィロス……?」

「ハハハハッ! そんなに必死に弁解しなくてもいいだろう。おまえは本当に面白いな!」

「……なッ……ま、また君は私をからかったのか?」

「違う違う。質問に他意はなかった。しかし、おまえの中で、ずいぶんとイロケムシの株が高いようだな。まぁ、よく一緒に居るようだしな」

「それは……ヤズーは家事を手伝ってくれているから。一番時間と空間を共有することが多い人物だ」

「ふぅん……まぁ、見た目も悪くないしな」

「ヤズーはとても綺麗だ……」

 少しうっとりとした様子でヴィンセントはささやいた。

 

「台所でとなりに並んで作業しているときなど……つくづくそう思う。いつもやわらかな微笑を浮かべていて……ああ、あれはコロンなのかな……とてもいい香りがするんだ」

「……ほぉ」

「……私が気の利いた話などできないのをちゃんとわかってくれてて、彼の方からいろいろと話を振ってくれる。話術が巧みで、聞いているだけでもすごく楽しいんだ」

「それはそれは。……やれやれ。あのクソ根性悪も、おまえの前では天使の真似事か」

「セ、セフィロス……そんな言い方……」

「ああ、わかったわかった。よかったな。まぁ、あいつとは仲良くしとけ。敵に回すと厄介な相手だぞ」

 つい先日、敵に回した経験のあるオレは、そう忠告してやった。

 

「また……君はそんな悪口を……」

「フフン……だが、まぁ、ヴィンセント本体はともかく、おまえはオレのほうが好きだよな?」

 少々悪ふざけをして、オレの手元にじゃれついてくる『ヴィン』を抱き上げ、オモチャのような鼻先にキスをする。すると、ヴィンセントはまるで自分が口づけられたかのように真っ赤になった。

 自分でも頬が火照っている自覚があるのだろう。困惑したように顔を押さえる。

「クックックッ、何だおまえは。このチビとどこかで繋がっているのか?」

「え、い、いや……そんな……だ、だが、その子は本当にセフィロスのことが好きなんだな。君の部屋へ行くときは、必ず私の後をくっついてくる」

「フフン、そうか、いいコだな、『ヴィンセント』」

「……『ヴィン』だ、セフィロス」

「似たようなもんだろ」

 オレはそう言い返して笑った。

 だが、その拍子に喉のあたりの違和感が、咳になって飛び出してしまう。

 ゲホゲホと噎せて背を丸める。

 まったくしつこい咳だ。 

 

「い、いけない。つい……長居をしてしまった。すまなかった、セフィロス」

 慌てて椅子から立ち上がるヴィンセント。

「ゲホッゲホッ……ふぅ……いや、関係ないだろ。くそッ、ったくしつこい風邪だな」

「少し長く話し過ぎたようだ。さぁ、眠ってくれ……」

「フン、そうそう寝られるものか」

「熱があるんだ。さっき薬も飲んだし、すぐに眠たくなるから」

 仕方なしに、起きあがっていた半身も布団に収める。チビ猫も調子にのって一緒に潜り込んで来やがった。

 

「こ、こら……ヴィン……」

「……ああ、いい。眠れなければ、コイツの相手をして退屈しのぎをする」

 邪魔になるだろうからと、連れて行こうとするヴィンセントにそうとりなし、オレは言われたままに寝台に落ち着いた。

「おやすみ、セフィロス。何かあったらいつでも呼んでくれ」

 クソバカ丁寧にそう言い残すと、扉を閉める音さえさせず、そっと彼は退室した。

 『なにかあったら呼んでくれ』もなにも、ヴィンセントは、事あるごとにオレの容態を確認しに来るし、退屈していればいつまででも側に付いていてくれた。

 

「みゅんみゅん?」

 オレの胸の中で、黒チビが小首を傾げて愛らしく鳴く。

「やれやれ、アイツもおまえくらい、ボディコミュニケーションに積極的だと面白いんだがな」

 小さな額を撫でながらそうささやきかけると、猫の『ヴィンセント』は、くすぐったそうに目を細め、オレの指にじゃれついてきた。