悪魔のKISS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
Interval 〜03〜
 セフィロス
 

 

 

 
 

 

 

 

 

 それからしばらくして、ヴィンセントの予言通り、オレはすっかり眠り込んだらしい。

 まったくここ数日、恐ろしいくらい睡眠を取っている。

 

 微睡みから目覚める、気怠いような感覚の中でのことだ。

 オレは室内に侵入者がいることに気づいた。

 

(しっ……音、立てんなよ、ロッズ! セフィロス、起きちゃうだろッ!)

(カダージュの声のほうが大きいよ! ね、兄さん!)

(しっ、しーッ!! ふたりともうっさいぞ! 俺たちの崇高な任務を忘れたのか!)

 

「…………?」

 なんだ、何なんだ?

 クラウドと……ガキふたりか?

 

(シツレーしました、隊長! 滞りなく任務の遂行をッ!)

(うむッ! では全隊、匍匐前進ッ!)

 

 舌を噛みそうになるセリフは、カダージュのガキだろう。

 隊長……? クラウドのことか?

 何なんだ、ガキのイタズラにしては、遊ぶ場所を間違えているのではないか?

 

 ズリズリズリ……

 

 ……怪しげな音がする。

 起き出して確認すればよいのだろうが、正直、まだ眠気が覚めていない。そんな面倒くさいことは想像するだけでうんざりだ。

 

 ズリズリズリ………………ガンッ!

 

(痛ッ! イッタ〜イ、兄さぁん! テーブルの脚にオデコぶつけちゃったよ〜、ロッズが急かすからだぞ!)

(違うよ、兄さん、俺、何にもしてないもん!)

(しーッ!しーッ! バカ! ふたりとも何やってるんだッ! ここが戦場だということを忘れたか、カダージュ軍曹ッ!)

(はっ! シツレーしました、隊長ッ!)

(よし、改めて任務を遂行するッ! 全隊、周囲に気を配りつつ、証拠品を集めよッ!)

(ラジャー!)

(ラジャ〜ッ!)

 

 ……何の遊びだというのだ、ガキども……

 

(……でも、別に何にもないよ? フツーの綺麗な部屋じゃない?兄さん……じゃなくて隊長)

(バカ者ッ! それはヴィンセントが毎日毎日、時間をかけて掃除しているからだッ! だが、きっとなにか手がかりがあるはずだ! 気を抜くな、ロッズ二等兵ッ!)

 

 ……二等兵……

 ずいぶんと身分格差のある小隊だ。

 

(あ、お菓子発見〜ッ!)

(軍曹ォォォ! 俺たちは敵地に菓子を捜しに進入したのではないぞッ!)

  

 ズリズリズリ………………

   

(だって〜、目についたんだもん)

(『だって〜』じゃないッ!)

(でも、綺麗な袋だよ、兄さん)

(バカ者!隊長だッ! まぁ、いい。何かの手がかりになるかもしれん。すぐに確保・報告しろ、軍曹ッ!)

(ハッ! 隊長。メロン味のキャンディーをひとつ発見。ただちに確保いたしましたッ!)

 

 ズリズリズリ………………

 

(物品の確認は?)

(こちらでございます! このバックからこぼれ落ちたモノと推察されます!)

 

 ……?

 ……メロン味のキャンディー?

 そんなもの食った覚えなどないが……ヴィンセントか?

 いや、潔癖性のアイツが、食い物をそこらに放り出しておくはずがない。

 

「みゅんみゅんみゅんッ!」

 ……どうやらチビ猫が起き出したらしい。

 途端に慌てたようなクラウドの声。

 

(カ、カダージュ軍曹ッ! ヴィンちゃんを捕獲しろッ! このままではセフィ……敵に気づかれるッ!)

(ヴィンちゃ〜ん、カダお兄ちゃんでしゅよ〜。おいで〜ミュウ〜〜)

(軍曹ッ! 誰が遊べと言ったァ! ミッションを忘れるなッ!)

 

「みゅん! みゃお〜ん」

(シツレーしました、隊長ッ! ヴィンちゃん捕獲に成功致しましたッ!)

(よォし! ……はぁい、ヴィンちゃんは、人間も猫ちゃんも可愛いでしゅね〜、クラウドお兄ちゃんでちゅよ〜)

 

 ……アホか、クソガキ……

 

(たっ、隊長ッ! 隊長も任務を忘れているでありますっ!)

(ヴィンちゃんにチュウをしている場合ではないと思われますッッ!)

(い、いかん! 全員、隊列に戻れッ! ぶ、物品の確認を続けるッ!)

 

 ズリズリズリ………………ガサゴソガサゴソ……

 

(むむむッ! こ、これはッ! ぐ、軍曹ォォォ!)

(いかがなさいましたか、隊長ッ!)

(……これが……この代物が……妖怪セフィロスのバッグから、こぼれ落ちていたというのかッ! ロッズ二等兵!)

(ハッ! カダージュ軍曹が確認いたしましたッ!)

(カダージュ軍曹ッ! 現場の保存はッ?)

(はっ! カンペキです。こちらの……)

 

 ガサゴソガサゴソ……

 

(あああッ!)

(た、隊長、声が大きいでありますっ!)

(セフィロス……じゃない、敵軍に見つかるでありますッ!!)

(ウソ……これ、袋……破れてるッッ!!)

 

 ……袋……?

 ……メロン……?

 

 ……ああ、アレか。

 

 オレが、ようやく覚醒し始めた身体を起こしたのと、半開きの扉をヴィンセントが開けたのとほぼ同時であった……

 

 

 
 

 そして、これまた、同時に口を開くことになる。

 

「……貴様ら……ここでなにしてやがる?」

 と、オレ。

「こら、おまえたち……セフィロスの部屋に勝手に潜り込んで……何をしているのだッ?」

 というのはヴィンセントだ。ヤツ的には、強い口調で注意したつもりだろうが、それでもやはり低くて小さい。

 

「セ、セフィロス……ッ!」

 クラウドがものすごい形相でオレを見る。

「だ、だって、だって兄さんが……手伝えって……」

「こ、こら、裏切るか、ロッズ二等兵ッ!」

「ご、ごめんなさいっ! セフィロス、ヴィンセントーッ!」

 そう叫んで、頭が床に着きそうなほど振り下げると、二等兵は敢え無く裏切った。

 ドタバタと廊下を走って逃げてゆく。

「く、くそ、ロッズめ……敵前逃亡は重罪だぞ!」

 ブツブツとつぶやくクラウド。

「クラウド……カダージュ……どういうことなのだ?」

 非難じみた……だが、どこか慈しみのあるヴィンセントの追求。

 

 もじもじと下を向いたまま、手いたずらをしつつカダージュのガキが答える。

「え、えっと……あの……あの……」

「…………」

「……だ、だって、最近、ヴィンセント……ずっとセフィロスの部屋に居るンだもん……」

「……え? あ……」

「ぼ、僕たちと遊んでくんないし……いっつも、セフィロスのことばっかり……」

「……あ、あの……そんな……私は……」

 途端に自己責任に当惑するヴィンセント。

「そしたら……兄さんが……」

 ちらりとクラウドに目線を寄越すチビガキ。

 ウッとばかりにクラウドが息を飲む。

「兄さんが……セフィロスとヴィンセントの仲が心配だって……そう……言うから……僕……」

「……クラウド……」

 深々とため息をついて、ヴィンセントがヤツの名をつぶやいた。

 

 覆い被せるように、カダージュが言葉を重ねた。

「ご、ごめんなさいッ! ヴィンセント!! 僕、心配だったのッ! ヴィンセントが、僕たちよりもセフィロスのほうを、好きになっちゃたら嫌だったんだもん! ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません!!」

「あッ、カダージュ……!」

 最後にそう叫ぶと、チビガキはまさしく脱兎のごとく逃げ出した。

 慌てて止めようとするヴィンセントも間に合わない。

 

 ここに来てようやく、クラウドのガキが口を開く。

「ご、ごめ……ヴィンセント……でも、俺……」

「クラウド……おまえはふたりよりも年長者だろう……彼らを止めこそすれ……一緒になってこんなことを……」

「だ、だって……ヴィンセント……セフィロスの部屋ばっか行ってんじゃんッ! 昨日だって……」

「……クラウド。彼は体調がよくないんだぞ? 私が彼の世話をするのは当然だろう」

 オレが口を挟む隙などまるでない。

 激昂などしないものの、ヤツはクラウドの愚行を、静かに深く怒っているようだった。

 

「だって……」

「『だって』ではない。……いいから来なさい。彼の静養の邪魔になる」

「でも、俺、セフィロスに聞きたいことが……」

「……何の用件かは知らないが、彼の病が癒えてからでいいだろう」

 そういうと、ヴィンセントは、有無を言わせぬ態度で、クラウドを俺の部屋から追い出した。

 

「……本当にすまなかった。私の方からきちんと言い聞かせておくから」

 こんなふうに言われては、重ねてあのガキどもを責めるのもはばかられる。

「まぁ、ほっとけ。おまえのことが気になってやったことだろ。あまりうるさく言うな」

 クラウドを庇ってやる余裕さえあった。

 

「……君がそういうのなら……ありがとう、セフィロス」

「おまえが礼を言うようなことじゃないだろうが」

 そう応じると、ヴィンセントは先ほどまでの顔つきとは打って変わって、やわらかな微笑を浮かべた。 

「……後でグレープフルーツを剥いて持ってくる。ゆっくり休んでいてくれ」

 静かに扉を綴じ合わせ、ヴィンセントが出て行った。

 

 ……やれやれ。

 とんだ座興があったものだ。

 

 面倒であったが、俺は寝台から降り、履き物をつっかけた。
 
 奥のサイドボードの近くに転がった、セカンドバッグを取り上げる。

 ……なるほど、うかつにも『メロン味のソレ』がこぼれ落ちていた。

 奥まった位置にあるせいか、バッグが落ちた音に気づかなかったらしい。まぁ、ヴィンセントにも気付かれなかったのは幸いと言えよう。

  

 ああ、ソレとはもちろんアレのことで、もらいものだ。
 
 たまたまカウンターで隣り合わせた男が、買い間違えたといって寄越してくれた。おもしろいヤツもいるものだ。

 この前、クラブに立ち寄ったときに、それを持っていたバッグに放り込んだまま失念していた。

 

 手早くカバンのファスナーに仕舞い込むと、オレは一仕事終えたような気分で、もう一度寝台に戻った。