悪魔のKISS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<13>
Interval 〜03〜
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 ドタバタドタバタ!

 

 というクソ騒々しい足音は、ヴィンセントであるわけがない。

 ヤツはさきほどオレの部屋を辞してから、まだ一度も様子を見に来てはいなかった。

 

「セ、セフィ……ッ!」

 バンと勢いよく扉を開けるクラウド。相変わらず落ち着きの足りないガキだ。

「なんだ、騒々しいぞ、クソガキ」

 こいつには悪いが、他人と会話するのも鬱陶しいくらいの気分だった。

「セ、セフィロス……ほ、本当なのか……? か、身体……ただの風邪じゃないって……」

「……まぁな」

 一応、そう応じる。ウソはついていない、ウソは。

 『ただの風邪』じゃなくて『インフルエンザ』なのだから。

 

「……そ、そんな……だって、今まで何も……」

「…………」

「身体……おかしいなんて、ひとっことも言ってなかったじゃんッ! いつからなんだよ! どうして早く言ってくれないのッ?」

「……別におまえに言っても仕方ないだろ。話がそれだけならもう出て行け」

 オレは雑誌を放り出して、片手を振った。

「セフィ……ッ!」

 普段は悪態ばかりついているくせに。やはり幾ばくかの気持ちは残っているのだろうか。クラウドは蒼い瞳を目一杯開くと、思い詰めたような表情をした。

 そして意を決したように、ツカツカとベッドサイドにやってくる。

 

「……なんだ、ガキ。まだ何かあるのか?」

「……納得できるかよ。アンタの身体が消えてなくなるなんて」

「…………」

「……ヴィンセント、泣いてたよ」

 自分から側にやってきたにもかかわらず、クラウドは目を反らした。

「……フフン、なんだ、ヤキモチか」

 ほとんど自虐的にオレはそう言った。

「……まぁね。ヴィンセントがアンタのために、あんなふうに泣くのは許せない」

「……ケッ、知ったことか」

「……セフィロス、本当に本当なのか? なにか確信があるのかよ?」

 口ではなんといっていようと、クラウド自身も認めたくないのだろう。不信そうな……だが、不安を押し殺した表情で繰り返した。

「……なぁ、おい!」

 そういうと、クラウドは枕元の椅子を引き、勢いよくそこに腰掛けた。

 オレはあからさまに鬱陶しげに顔を逸らせた。

 

 その拍子に、サイドボードからパサッと乾いた音が聞こえた。新聞か何かが落ちたらしい。

 クラウドが腰をかがめて、それを拾い上げる。

 

「……なにコレ……」

 低い声でボソッとクラウドがつぶやいた。

 その物言いがあまりに珍妙だったので、気になった。

 言っておくが、ヴィンセントに『エロ本』と答えたのは、ただの言い逃れだ。ああいったことは見るものではない。ヤルもんだ。

 クラウドの口調がひどく不審げであったので、オレは一応ヤツの方に顔を向けた。

 

 そして、脳天から、サァーッと血の引いていくのを感じた。

 

「……なに、コレ……セフィ」

「よこせ、クソガキ!」

 病人の振りもどこへやら、すぐさまオレは、ヤツの手から薬袋を取り上げようとした。

 だが、横になったまま、半身を起こした格好では、オレの方が不利であった。ただでさえ、クラウドのガキはコマねずみのようにすばしっこいのだ。

 

「……『山田医院』……インフルエンザ用錠剤……一日3回……食後飲用?」

「返せ、ガキッ!」

 

「……なんスか? コレ……」

 ひどく冷ややかな物言い訊ねてくるクラウド。

 ……ああ、もう目も当てられない……

「うるさいッ! とにかく返せッ!」

「……なに、山田医院って。……アンタの身体、山田で治っちゃうの? もはや時間の問題じゃなかったの? なんでヴィンセントが泣いてるの?」

 立て続けに並べるクラウド。蒼い瞳に軽蔑の色が浮かんでいる。

「…………」

「ちょっ……セフィ……なに黙り込んでんの? なにか言うことあるんじゃないの? ……目ェ背けんなよ、コルァァ!」

  

 ……くそ〜……

 クソクソ! ここぞとばかりに調子に乗りやがって、クソガキがァァァ!

 だが、すぐさま言い返せる、適当な言葉が見つからない。

 カンのいいクラウドは、すでに今回の一件の核心を把握したのだろう。

 

「アンタねぇ!! ヴィンセントがどれだけ心配してると思ってんのッ? ジョークにしちゃタチが悪すぎるだろッ! どうなんだよ、セフィ!!」

「うるさいッ! ギャーギャーわめくな、クソガキ!」

「これが怒鳴らずにいられるかよ! アンタ、ヴィンセント騙したんだなッ! あんなに心配しているヴィンセントを……!! いくらなんでもひどすぎるじゃんかよッ! どういうつもりなんだッ!」

「オレは別に……」

 

 ガッシャーン!

 

 クラウドの怒鳴り声に、食器の砕ける音が重なった。

 弾かれたように扉の方を見る、オレとクラウド。

 

 ……あろうことか……ああ、本当にあろうことか……

 ……最悪の事態とはこういう状況を言うのだろう……

 

 そこには、空のトレイを手にしたまま、ヴィンセントが突っ立っていた。

 紅い瞳は大きく見開かれているが、そこには何も映しておらず、ヤツの足下に粉々に砕け散った水差しの破片が散らばっていた。