悪魔のKISS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
Interval 〜03〜
 セフィロス
 

 

 

 

 

  

「……おい、ちょっとツラを貸せ、ヴィンセント」

 ヴィンセントにバレてから、すでに5日が経過したところである。限界ギリギリまで我慢したが、これ以上、今の状況を受け入れることは出来そうになかった。

「……え……ッ あ……あの……」

 一歩後ろに退くヴィンセント。なにをそんなに怯える必要があるというのか。

「ビクビクするな、来いと言っている」

 オレはヤツの腕を掴み締めた。

「あ……ッ」

 

「おい、セフィッ! ヴィンセント、嫌がってんだろッ! どうする気だよッ!」

「ちょっと、セフィロス! ヴィンセントに何する気ッ!」

「そーだッ! そーだッ!」

「みゅんみゅんみゅん!」

 

「うるさい、すっこんでろッ!! 外野めがッ! 貴様ら出て行けッ!!」

 オレは、クソうるさいガキどもを一喝すると、居間から追い出してやった。

「おい、座れ」

 ソファを顎で示す。

 ヴィンセントは氷で固められたように微動だにしない。ただ、紅い瞳に怯えの色だけが浮かんでいる。

「早く座れと言っているんだ!」

 硬直した細い腕をぐいと引っ張ると、ヤツは喉の奥で、声にならない悲鳴をあげた。ようやくおずおずと腰を下ろす。

 だが、俯いたままで目線を合わせるどころか、顔を上げることすらしない。

 

 追い出したクソガキどもが、廊下続きのドアからそっと覗いている。

 バカどもめが! オレが気づかないはずがなかろう。

 

 だが、別にガキどもの動向なんざどうでもいい。とにかくヴィンセントを何とかしなければ……

 ……ヴィンセントの気持ちをここまで考慮するおのれが、いささか滑稽でもあったが、ヤツに無視されたり、怯えたりされるのは、ひどく不快に感じるのだ。

 理屈ではない。

 『嫌』なのだ。

 

「……ほら、殴れ」

 オレはそう言って、横っ面を差し向けた。

「……え……」

 今度こそ、魂を引き抜かれたように、言葉に詰まるヴィンセント。

 のぞき見のガキどもまで、息を飲んだ気配が伝わってくる。

 

「気が済むまで殴れと言っている」

「……え……な、なにを……」

「……あんな形で聞き出すつもりはなかった」

 一番気になっている事柄を、ガキどもにはわからないように示唆した。

「……セフィロス……」

「流行感冒だと伝えなかったのは、ただ言い出しにくかっただけだ。他意はなかった」

「…………」

「……今さらだが、おまえを傷つけるつもりはなかった。……悪かったな」

「……あ、あの……」

「ほら、早く殴れ。こんな機会は滅多にないぞ。このオレ様の横っ面を張り倒せるチャンスなどな」

 フンと鼻で笑い、オレはもう一度、横顔を差し向けた。

 

「そ、そんな……そんなこと……私には……できない……」

 蚊の鳴くような声音でつぶやくヴィンセント。

「どうした。さぞかし不愉快に思っているのだろう。無言のまま避けられるより、ぶん殴られたほうがマシだと言っているんだ」

「……き、君は……先ほどから何を言いたいのだろうか……?」

「おい、これだけ謝罪してやっているんだぞ! とぼけるのも大概にしろッ!」

 ついつい苛立ってキツイ声を発してしまった。

 怒鳴られたヴィンセントが、ビクッと身を竦める。

 

「……チッ……くそ、慣れないから上手くいかない……」

 独り言をつぶやくオレ。不安そうな顔でこちらを見つめるヴィンセント。

「貴様を騙したあげく、あんな話まで聞き出したオレを、さぞかし憎んでいるんだろう。まぁ、他意はなかったとはいえ、おまえがそう感じるのも無理からぬことだ。だから、こうして謝罪してやっている」

「…………」

「……ほら、早く殴れ。別にやり返したりなどせん」

「……セフィロス……ち、違うんだ……」

 恐る恐るといった様子で、ヴィンセントが口を挟んできた。

「た、確かに……結果的にウソをつかれたのは……ショックだった。そんなにも私のことを嫌っているのかと……そう思った」

「……だから! それはそうじゃないと……!」

「わ、わかっている。……私が深刻になってしまったから……言い出しにくかったとクラウドから聞いた」

(よし、よくやった、クラウド!)

 心の中でヤツを誉める。

 

「クラウドのガキが言ったことが的を得ている。敢えておまえを騙すつもりはさらさらなかった」

「……あ、ああ」

「そこまでわかっているならば、オレを避ける必要などないだろう」

 いささか優勢になり、目の前に座るヴィンセントに、詰め寄るようにそう訊ねた。だが、ヴィンセントは、すぅっと息を吸い込むと静かに口を開いた。

 

「……だが……あのとき、君に話した私のことは……まぎれもない事実なんだ」

「…………」

 宝条に肉体を改造され、当時の姿のまま60年生きているというヴィンセント。もちろんその衝撃を忘れてはいなかった。

 だが、ヴィンセントはヴィンセントだ。こうして目の前に座らせていても、いつもと何ら変わりのない、紅い瞳の綺麗な傀儡人形だった。