〜 ALL STARS 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<36>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 私は銃を下ろし、テーブルの上に置いた。

 ネロに向かって「待ってくれ」と片手を持ち上げ、メモ帳を引きよせる。

 

『君と一緒に行こう。ただし、ルーファウス神羅には手出ししないで欲しい。我々がこの場を離れたら、すぐに医師の手配を……』

 そこまで書いているときに、じっとメモを見ていたネロが、

「やれやれ。評しがたいお人好しですね」

 とお決まりのセリフを口にした。 

「よろしいでしょう。僕としてはこんな輩は、生かす価値などないと思っておりますが、貴方の引き替え条件がそれならば、応じることにいたしましょう」

 私はネロの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。約束を守って欲しいと言葉で告げる代わりに。

「ダ……ダメだ……! ダメだ、ヴィンセント……」

 ルーファウスが自由になる方の手で、私のシャツを掴んだ。舌打ちするネロに頷き返し、荒い吐息を繰り返す彼のほうへ向き直る。関節が白くなるほどまでに服地を掴み締めた指先が哀れでならない。

 ……ネロなどは承服しなかろうが、このルーファウスだとて、神羅カンパニーという巨大組織の犠牲者でもあるのだ。年若い彼は、おぞましい生体実験には関わっていなかった。

 むしろ、先代のプレジデント神羅が、意気揚々と行ってきた悪逆非道のツケを払わされているようなものだ。

 私は彼とは遙かに年齢が異なるから、この青年の人と為りは知らない。クラウドやセフィロスなどは好きなように言ってのけるが、決して心の根の悪い者ではない。それくらいはわかるのだ。

「ヴィンセント…… 行っては……いけない……」

 尚も言いつのる彼の指を、乱暴にならないよう、服地から外した。口をきくことは出来ないから、せめて安心させるために乱れた髪をそっと撫でつけてやった。

 痛みに曇った眼差しで、彼が私を見る。

 

 ……いいのだ、大丈夫だ、ルーファウス神羅。

 君はよくやってくれた。これまで、臍をかむほどに悔しいこと、つらいことがあったろう。

 だが、君はこの巨大カンパニーの後継者として、今の世界のために出来る限りの努力をしているではないか。立派なものだ。

 だから、私も自分にできることをしよう。

 意味無く死に赴くつもりなど毛頭無いが、私にとって大切な人間……愛おしい者のために、この命をかけるのはそれこそ本望なのである。

「ヴィン……セント……」

 私の名を呼ぶ彼に、目線で別れをつげ、私はネロのほうにきびすを返した。

 ……そのときだった。

 

 

 

 

 

 

 それまで私が自分の意志で、歩み寄るのを待っていたネロ……

 その彼がいきなり身を躱し、私を突き飛ばすような勢いで身を伏せた。彼によく似合っていたダークカラーの上着が生き物のように空を舞い、次の瞬間、ネロは人骨でかたどられたような不気味な羽をさらけだし、獣のような咆吼を上げた。

 私の目にも、背の羽が無惨に切り裂かれた有様……そして、そこから続く肩と背中に太刀傷が走っている様が見えた。

 まさに一刀のもとに。

 いったい……何が起こったのか……!?

 

「……ああ、女神! 無事かッ!?」

 目の前に現れたのは、よく見知っている……だが、まさかこの場所にいるはずがない人物……

  紅のコートに長い黒剣を携えた、長身の青年だった。

 

 ……ジェネシス……!?

 ああ、本当にジェネシスだ……

 セフィロスと並ぶ、元神羅カンパニーのトップソルジャー・ジェネシス。

 目の前の人物は疑うべくもなく、彼自身であった。

 

 物言えず立ちつくす私を、ジェネシスはそれこそ掬い上げるような勢いで抱きしめてきた。

 長い腕が私の背を覆い尽くし、しなやかな指先が髪と頬を撫でる。

「女神……! ああ、よかった。間に合った……!」

 何故……?

 コスタ・デル・ソルに居るはずの彼がどうしてここに……? 

「………………」

 口がきけなくて難儀している私に、彼はわかっていると何度も頷いてみせる。

「ああ、いいんだよ、いいんだよ…… よかった……よかった、女神……!」

 なんと彼はその眉目秀麗な顔を、泣き顔に崩し、実際切れ長の双眸から涙をにじませていた。

 そして私の存在を実感するためか、唇や頬だけといわず、瞼や額、髪にまで繰り返し繰り返し、確かめるように接吻した。

「おや、ここに朱いスジが入っている……! 深くはないけど……痛くないかい? ああ、可哀想に……!」

 ジェネシスは私の髪を後ろに梳き、その部分に唇を滑らせる。

「……ジェネシス……!!」

 血を吐くがごとき、呪詛にも似た声はネロであった。だが、ジェネシスはネロを見遣りもしなかった。

「おのれ……ジェネシス……!」

 肩から流れるどす黒い血を片手で押さえ、よろりと立ち上がる。

「……一度ならず二度までも…… 貴様が同胞であったと考えた僕は、まったくの愚か者だ……!」

 憎々しげなうめきに、ジェネシスは私を抱きしめつつ、目線だけを投げかけた。

 そしてゆっくりと言葉を紡いだのだ。

 ひどく真剣に……鋭い口調で。

「ネロ。……言ったはずだ」

「……ジェネシス……!」

「……女神に手を出すのは許さない。例え命の恩人のおまえであっても、彼に傷を負わせたならその場で斬って捨てる……!」

「おのれ……ッ!」

 ネロは負傷していない方の手で、銃を構えた。

 だが、これでは勝負になるはずがない。もはやDGソルジャーの姿はなく、この場にいるのはネロひとりだ。ましてや深傷を負っている。

 そんな状態で、トップソルジャーだったジェネシスと戦うなど、自殺行為以外の何者でもない。

「おのれ……ッ! 貴様だけは……!」

 尚も銃を構えるネロを、ジェネシスはひどく冷ややかに見つめ、何の迷いも無く剣を抜いた。

 黒い刀身の長剣が、まるで獣の牙のようにネロに向かった。