〜 ALL STARS 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<38>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

「……クソ……逃げ足の速い野郎だ」

 セフィロスが低くつぶやいた。ネロのうずくまっていた場所には、どす黒い血痕が残されている。その場所から窓までは、それほど短い距離ではなかったのだが……

「だいたい、てめェがしっかり見張っていないから……」

 ジェネシスを叱りつけるセフィロスに、私は慌ててかぶりを振って見せた。ジェネシスは悪くないのだ。むしろ、彼の行動を邪魔したのはこの私なのだから。

 ジェネシスは私の言いたいことを理解しているのだろう。淡い笑みを浮かべ、守るように私の背後に立った。

「ああ、すまん、セフィロス。女神のことが気になってしまってね」

 そういって肩を抱き寄せてくれる。

「ったく、女神、女神って、時と場合を考えねェか! 阿呆か、貴様は!」

「どんな状況でも、愛しい人の存在を優先してしまうのは致し方がないと思うよ」

「人ごとみてェに言うな!」

 そう言い放ってから、セフィロスはすぐに言葉を続けた。

「……まぁ、あの深傷だ。動くのが精一杯だろう。俺はまずルーファウスを安全な場所に預けてくる。……ジェネシス、そいつを頼むぞ」

「ああ、もちろん。女神のことは任せてくれ」

 意気揚々と応えるジェネシスに、遠慮なしのため息を吐くと、セフィロスはさっさと歩き出していった。

 

 ネロが手負いで逃走し、凶弾に倒れたルーファウスを、セフィロスが運んでいった後……

 

 見事にひどい有様になった部屋には、私とジェネシスだけが残った。

 緊張の糸が途切れたせいだろうか。私は軽いめまいを覚えた。もちろん、めざといジェネシスがそれを見逃すはずもなかった。

「女神……! 大丈夫かい? ほら、俺につかまって」

 がっしりと背中を支えてくれる腕が頼もしい。

 ……今度という今度は、もうダメかと観念した。ましてや負傷した青年を守って闘うなど……己の力量に鑑みても、激しい重圧だったのだと思う。

「大丈夫かい? ……どのみちこの部屋は使えそうにないな。隣室に移動しよう」

 そういうと、ジェネシスは私をひょいと抱き上げてしまった。極当然というように。

「…………!」

 私は慌てて逃れようとした。嫌だというのではなく、女性のように抱き上げられた姿が恥ずかしかったからだ。

 きっと私は真っ赤になって、抗っていたのだろう。ジェネシスはそんな様子に苦笑すると、

「大人しくして、女神。大丈夫、こんな状態の君に迫ったりはしないから」

 全く的外れなその物言いをした。おかげでさらに頬がカーッと熱くなってしまう。

 ……バカな、ジェネシス相手にそんなことを疑うはずはないのに。まったく口がきけないというのは不便でならない。こんな体勢だとメモに文字を書くこともできないのだから。

 ジェネシスは荒らされていない隣室に、私を連れて行くと、そのままベッドに座らせてくれた。

 さきほどの部屋よりは小さめな控え室は、かえって私の気持ちを落ち着かせた。

 

 

 



 

 

  わずかな間隙の後、

「……ああ、ここに居たのか」

 セフィロスはすぐに戻ってきた。

「あーあ、セフィロス。戻りが早いなぁ」

「おまえみたいな野郎と奥手のそいつを一緒に置いておけるか。……ヴィンセントの具合はどうなんだ?」

 セフィロスはジェネシスにそう訊ねた。私は大丈夫だと頷いているのだが、本人ではあてにならないというのだろうか。

「ああ、ガラスの破片で頬を擦ったみたいなんだ。……ほら、薄く痕がついているだろ? わからない? まったくおまえは……」

「ああ、とにかくその程度で済んだんだな。……まぁ、よかった」

 そう言いながら、彼は私に目線を戻した。私は先ほどメモ帳に書き付けたものを、セフィロスに差し出した。

『ルーファウス神羅の容態はどうだろうか? このフロアにいた社員の人たちは?』

「……やれやれ、こんなときに他人の心配か。だからネロみたいな野郎につけ込まれるんだぞ」

「セフィロス。女神はやさしいんだよ。だから女神なんだ」

「ワケわからんことを言うな、変態詩人。……まぁいい」

 ジェネシスに相手に、ひどく素っ気ない物言いを返すと、セフィロスはそのまま言葉を続けた。

「……ルーファウスは大丈夫だ。安心しろ、ヴィンセント」

 ……ああ、よかった!

 私はホッと胸を撫で下ろした。

「出血が多かったわりに傷は致命傷ではなかった。もっとも数日は起き上がれないだろうがな」

「セフィロス、下のフロアはどんな状況なんだ」

 ジェネシスが訊ねた。ルーファウスを任せられたわけだから、問題はなさそうだが。

「ああ、ワンフロア下に事情のわかっている連中が配備されていたからな。そいつらに頼んできたんだ。見たところトラブルはないようだな。……おそらく連中は、屋上から進入して、最上階のみを占拠したのだろう。いくらDGソルジャーとは言っても、本社には数百人はいるからな」

「ああ、なるほどな。最上階というのは、上からだとむしろ入り込みやすいわけだ」

「この超高層ビルだ。神羅の奴らもそこまで頭が回らなかったんだろうよ」

 ふたりのやり取りを耳にしつつ、会話が途切れたところで訊ねたかったことをメモに書いた。

 やはり、こんな危険な場所にジェネシスが居るのはとても不思議に感じたのだ。それから、我が家の者たちの状況を。

「ん? ああ、どうして俺がここに来たのかって? 決まっているだろう、君がいるからさ、女神」

 答えになっていない回答に、私は苦笑する。ああ、こんな場合なのに、ジェネシスのキャラクターは、不安におののく私の心をやわらげてくれた。

「バカか、貴様は。全然答えになってねーだろ。……ヴィンセント、おまえ、こいつがここにいるのに、まったく心当たりがないのか?」

 それに

素直に頷いた。この場所からジェネシスに電話などしていないし、何しろ今の私はまともに話すことすら出来ないのだから。

「セフィロス、よせよ。そんなふうに咎めるような訊き方は」

 ジェネシスのいさめを軽く無視して、セフィロスは私に言った。

「……おまえな。手紙出しただろ、コイツに」

 ため息混じりの問いかけに、一瞬なにを言われているのか戸惑った。

「コスタ・デル・ソルから離れるときに、手紙を送ったんだろ?」

 ……え?

 ああ、確かに家族揃ってコスタ・デル・ソルを出発するときに、その旨を書いてジェネシスに送った。これまで親密な交際をしていたのだから、ある日いきなり我が家が、もぬけの殻になっていたら心配するだろうと思って……

 私はセフィロスに頷き返した。

「……まぁ、というワケだ。さんざんケータイに連絡は入るわ、受信メールはストーカー並だわでな。鬱陶しいから電源を切っていたんだが……」

 チッと舌打ちするセフィロス。確かにここに来てからは、神羅側が用意してくれた携帯電話を使っていた様子であった。

「だって気になるじゃないか。女神は意味深な手紙を送ってくるし、おまえは連絡しても全然電話に出ないし……」

 ジェネシスは咎めるようにそう告げた。私ではなくセフィロスにだ。

「おまえが来るとややこしいことになんだろ! ルーファウスに見られちまった今となっちゃ、言っても無駄だが」

「まぁ、そう気にすることはないさ」

「どうしてテメェはそう軽いんだ」

「だって、あの状況じゃあ仕方が無いじゃないか。ロッズやカダージュを助けるのにも都合がよかったろ?」

 あっさりとそういったジェネシスの言葉に、私はすぐに反応した。

『ロッズやカダージュを助ける』……?

「おい……!」

 セフィロスは鋭くジェネシスの言葉を遮った。

 だが、私はもう聞いてしまったのだ。ロッズやカダージュを助けた……? いったいどんな状況だったというのだ?

 青ざめた私に、セフィロスは、

「落ち着け。連中は大丈夫だ」

 と言った。ジェネシスは己の失言を後悔しているようで、しまったとばかりの沈痛な表情をしていた。 

 私は素直に頷くことができない。いったい何があったのか、もう大丈夫だというのなら、どういった経緯があったのか、彼らと闘ったのはどんな相手だったのか……

 曖昧な視界の中、なんとか立ち上がり、私はセフィロスの前に歩み寄った。自然に手が出て、彼の服を掴み締める。

「……大丈夫だったと言ってるだろう? おまえは何も心配する必要はない」

 私は彼の言葉に、頭を横に振って、くわしく話して欲しいと迫った。

 説明するまでは私が引かないと感じたのだろう。セフィロスはわずかに逡巡した後、座れと促してくれた。

 言われたように、大人しくベッドに腰を下ろした私の前に、傍らの椅子を持ってきて彼が腰掛ける。

 セフィロスは言葉を選びつつ、ゆっくりと話をしてくれた。