The beginning of Autumn
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<9>
Interval 〜05〜
 セフィロス
 

 

 

 
 

 

 

 

 

 目を覚ましたのは、数分後であった。

 アナログの時計を眺めると、あれから30分も経っていない。

 オレを起こしたのは、寝台で眠りについているはずのヴィンセントであった。

 

「……う……うぅ……ああ……やッ……!」

 さきほどまではやすらかであったのに、いつの間にかヤツはひどくうなされていた。蒼白い額に汗が浮かび、華奢な指がシーツを握りしめている。

「あ……あぁ……ッ」

 ボロボロと、綴じ合わせた双眸から涙が頬を伝う。

 まったく寝ても覚めてもよく泣くヤツだ。そのうち体中の水分が、涙になってこぼれ落ちるんじゃないかと懸念される。

 

「ん……うッ……」

「おい、ヴィンセント」

「……あ……あ……い、いや……」

「おい、しっかりしろ!」

 乱暴にならないように身体を揺すってやるが目覚めない。致し方ないので、ぐいと背に腕を差し込み、無理やり上体を起きあがらせてやった。

 

「……はぁ……はぁ……あ……あ……?」

「落ち着け、ただの夢だ」

 細い身体を抱き起こしたまま語りかける。

「……あ……? セフィ……ロス? セフィ……ロス……?」

 片言のようにつぶやくヴィンセント。いきなり叩き起こしたせいだろう。意識は夢と現をさまよっているようであった。

「ここ……? セフィロス……」

「ここはコスタデルソル。おまえの部屋だろうが」

「……あ……」

 ぼうっと空を眺めている紅い瞳……焦点が定まらない双眸は湖面のように揺れていた。

 

「……夢……?」

「そうだ。どんな夢を見ていたのか知らんがな。……怯える必要はない」

 イロケムシの忠告を思い出したわけではなかったが、からかうことなく辛抱強く宥めてやった。

 

「ルクレツィア……」

 深く息を吐き出しつつ、ヴィンセントは掠れた声で、聞き覚えのある女の名を口にした。

「……? おい……?」

「あ……あぁ……ルクレツィア……」

 骨張った細い肩が小刻みに震えている。

「ルクレツィアが……ルクレツィアが……ああ、私のせいで……どうして……私は……」

 バタバタバタと大粒の涙がこぼれ落ちた。それは項垂れた身体の前で、投げ出したまま組み合わされた手に当たって砕けた。

「ルクレツィア……ルクレツィア……」

「落ち着け、おまえのせいではない」

 女の名前を繰り返すヴィンセントにそう答えてやる。ヤツの言葉の意味などわからないが、未だに忘我の状態にあるらしく、なだめて正気づけるのが先決だと思ったからだ。

 

「ルクレツィアが泣いている……私は……また……」

「…………」

「……また……何もできなかっ……た」

 震える唇が、辿々しくそう綴った。

「なにも……できな……」

「……ヴィンセント、しっかりしろ」

「……セフィロスは……? ああ、セフィロス……?」

「オレはここに居る。おまえの側に居るだろう?」

「……セフィロス?」

 オレを見ているようで、焦点は定まっていない。未だに悪夢の中を彷徨うように、不安と恐怖におののいていた。

 

「セフィロス……セフィロス……すまない……セフィロス……」

「…………」

「私は……君に……君……の……」

「おい、しっかりしろ、ヴィンセント!」

「どこにも行かないで……君が居なくなってしまったら……」

 小刻みに震える指が、オレの腕に縋りつく。

 

「……オレはここにいるだろう? 何も怯える必要はない」

「君がいなくなってしまったら……ああ、私は……わたし……は……」

 支えていた腕を、乱暴にならないよう引き寄せる。悲しくなるほど細い姿態を、壊さないように抱きしめ、昔、子どものクラウドにしてやったように、ポンポンと背を叩いてやった。

「……セフィロス……セフィロス……」

「大丈夫だ、落ち着け」

「……セフィ……ロス……」

 オレの名を繰り返すと、カタカタと震えていた背がようやく静まった。荒い吐息が穏やかになり、それはすぐさま、スースーという規則的な寝息に変わった。

 起こさぬよう、ヴィンセントの身体を引き離し、そっと布団の中に戻してやる。額と首筋の汗を、冷やしたタオルでぬぐうと、オレはどっかりと椅子に座り直した。

 

 

 

 

「やれやれ……」

 人知れず大きなため息が出てしまう。

 ずいぶんとこの男はいろいろと溜め込んでいるらしい。思えば60年という長い年月を生きているのだ。しかも途中からは姿形が変わらずに……鬱屈したものが無い方がおかしいのかもしれない。

 カオスをその身に宿したヴィンセント。年を取らぬどころか、容易に死ぬことさえかなわぬ特異なその身体……

 想像以上に、その事実は、この男の精神と肉体の均衡を揺るがせているようであった。

 

 ……可哀想に。

 オレのようなヤツならば、その力を利点と考え、遠慮会釈なく使っていくことだろう。そう、欲しいものを手に入れ、不要なものを排除するために、ためらいもなく奮ってゆくに違いない。

 だがヴィンセントは違う。

 こいつの願いは、本当にささやかなものなのだ。ごく当たり前の人間が抱く、原始的な希求……他人のぬくもりと、それらに取り巻かれた安寧な生活……たったそれだけなのに。

 異質な能力を有することが、かえってこの男を不安に陥れ、人ならぬ己が身を呪わせる結果になっている。

 その思いを抱いたまま、ずっと生き続けなければならない。気が遠くなるほどに長い時間を……