〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 
 セフィロス
 

 

 



  

「ハックシッ! ヘーックション!」

「ちょっとォ、セフィロス。もう夕方なんだからね。そんな格好でうたた寝してないで!」

 キッチンからイロケムシに怒鳴り飛ばされ、オレはやれやれとソファに起きあがった。なるほど、もう陽は沈み、まもなく空に星が輝く頃合いだ。エアコンを効かせた部屋に、ノースリーブ一枚で寝ころんでいたら風邪を引いてしまう。

「……なんだ、ヴィンセントはいねーのか」

 いつもなら、頼んでもいないのに、必ずヴィンセントが毛布を掛けてくれるのだ。それがないということは、ヤツはまだ帰宅していないということだ。

「セフィロス〜! 聞いてんの!?」

「あー、わかったわかった。今起きたところだ」

 ヤツは夕食の下ごしらえをしているのだろう。怒鳴り声は聞こえるがキッチンからこちらを覗き込むものの、オレが目覚めていると知ると、面倒くさそうにすぐに頭を引っ込めた。

 ……そろそろクラウドも仕事から戻ってくるだろう。

 そんな時刻にヴィンセントが不在というのは、かなりめずらしい……いや、これまでほとんどあり得なかったことである。

「おい、イロケムシ! ガキどもはどうした!?」

「言ったでしょ! カダたちはお友達とプール。さっきそろそろ帰るって電話があったよ」

「……ヴィンセントは?」

「ふふ〜ん、セフィロス。ホントは彼のほうを聞きたかったくせに」

 しゃくに障る物言いをしながら、イロケムシが食器やグラスを手にこちらにやってきた。

「なんだとッ!? てめェ、ケンカ売ってやがるのか!」

「もう怒鳴らないでよ、うるさいなァ。ヴィンセントは買い物。ノースエリアで買い物したいっていうから、途中で降ろして先に戻ってきたんだよ」

「…………」

「生ものとかもあったしねェ。彼もそろそろ戻ってくると思うけど…… ああ、でも、けっこう時間経ってるみたい」

 ずっとキッチンにこもっていて気づかなかったのだろう。

 イロケムシは窓の外を眺めると、眉を顰めた。

「……さすがにちょっと遅すぎるな。もうしばらくしたら、兄さんが仕事から戻ってくる時間だもんね」

「だろ。……おまえ、あいつをどこに置いてきたんだ」

「やだなァ、俺のせいみたいに言わないでよ。青物市場とセントラルを回って……ノースエリアの港の近くだよ。荷物多くなりそうだったら電話してって言ってあるけど」

 そう言いながら、イロケムシは自分の携帯を取り出した。着信を確認するためだろう。

「うーん、履歴は残ってないね。電話してきてはいないみたい」

「バーカ。あのクソ遠慮深い、オドオド野郎が自分の都合で迎えをよこせなんて言ってくるはずないだろ」

「ちょっとォ……口の悪い人だね〜。誉めたいんならフツーに誉めりゃいいじゃない」

「なんだと!? いつオレ様が……」

「もう、ちょっと黙ってよ。……心配してるんだから、俺。兄さんが帰ったときまでに戻ってなかったら、あの人大騒ぎだよ」

「知るか。そろそろ帰ってくるだろ」

「……ちょっと電話してみよう。電源切ってないといいんだけど……」

 ポソポソとつぶやきつつ、イロケムシは家の電話機を手に取った。

 人一倍、周囲に気を配るヴィンセントなのだ。ちょっと落ち着いた場所や老人のいる場所では必ず携帯電話の電源を切ってしまう。その後、気づいてすぐに入れ直せばよいものの、どこか抜けているアイツは、そのまま放置して忘れているというパターンも多い。

 

 ヤズーが受話器に手を伸ばしたその時、いきなり電話が鳴り出した。

 さすがに驚いたのだろう。ヤツがびくっと身を震わせた。

「あー、ヤダ、おどかさないでよ〜、もう!」

 誰にともなく文句を言ってみせる。だが、次の瞬間、ヤツはホッとしたような面持ちで安堵の吐息をついた。

「セフィロス、ヴィンセントからだよ。ナンバープレートに彼の番号が出てる」

「そいつはよかったなァ。オレに取っちゃどうでもいいが。さっさと出てやれ、イロケムシ」

「はいはい。ホント素直じゃないんだから」

 ブツブツと口の中で文句を言いつつ、それでもヤツは嬉しそうに電話に出た。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント〜? 心配しちゃったよ、もう!」

『………………』

「ヴィンセント? 電話遠いなァ? どこにいるの?」

『…………ガッ……ガタン……』

「……? ちょっ……ヴィンセント? ヴィンセント!?」

『ガガッ!…… ッ…… …… …… ……』

「もしもし!? もしもしッ!?」

「……おい、なんだ?」

「もしもし!」

「どうした?」

 ヤズーのただならぬ様子につい声が尖ってしまう。

 ヴィンセントといえば、身辺にトラブルが尽きぬ輩なのだ。

「ちょっと待って……何か聞こえるんだけど。あ……ッ!?」

「どうした?」

「……き、切れちゃった。待ってこっちからかけ直してみる。変なんだよ、遠くで何か怒鳴り声みたいなの聞こえて……」

「……おいおい、なんだ、また揉め事かァ? あいつは本当につまらんことに巻き込まれてくれるよなァ?」

 オレはひょいと両手を広げ、のんきにそんなことを言ったのだ。この前の一件……クラウドなどはラブレター事件などと呼んでいるが、そんな微笑ましい出来事もあり、この時点では深刻にとらえていなかったのだ。

「そんな……それはヴィンセントのせいじゃないでしょ。ちょっともう一回電話してみるから」

「おい、音声オープンにしとけよ」

「あ、うん、わかった」

 ヤツは素直にボタン操作をすると、もう一度ヴィンセントに電話をした。

 

 マイクからピッと受信された音がした。

 電話は繋がっているのだ。だが、ヴィンセントの声が聞こえない。

 さきほどヤズーが言ったように、ガサゴソというこもった音と遠くで叫ぶような声が聞こえる。

「ヴィンセント!? ヴィンセントッ! 返事して!」

「…………」

「ヴィンセントってば! どうしたの? なにか……」

 ヤツが途中まで言いかけたときであった。

 聞いたことも話したこともないような下司な男の声がした。