〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<13>
 
 セフィロス
 

 

 



  

 

 

「……ヴィ……ヴィンセント……?」

 掠れた声で、イロケムシがそこに突っ立っている人物の名を呼んだ。

「おい、おまえ……今の話……」

 確認するまでもなかった。ただでさえ、生っ白い肌が、白いを通り越して、薄ら蒼くそそけ立っている。

「その……ヴィンがごねていて……へ、部屋に戻ろうとしてくれなくて…… そうしてたら……セフィロスの声が…… い、いつもと違うから…… 何かあったのかと思って……」

 辿々しい説明の声は震えていて、彼がひどく動揺している様を、ありありと見せつけた。

「みゅ……みゅみゅ?」

 ただならぬ雰囲気を察しているのか、子猫も不安げにヴィンセントとオレたちの顔を交互に見る。

「……ヴィンセント……話聞いちゃった?」

「と、ところどころ…… 人違いだとか…… 私の代わりにとか……」

「そう……」

「あ、ああ。向こうの声はほとんど聞き取れなかったが……君たちの物言いで尋常な事態ではないと……」

「……そうか」

 盗み聴きを知られたことを恥じるようにおずおずと……それでも、はっきりとヴィンセントは頷いた。認めたことでタガが外れたのだろう。

「セフィロス……ッ! 私に間違えられて……というのはどういうことなのだ!? 電話の相手は……? エンシェントマテリアが何だというのだッ!?」

 ヤツはオレの側に走り寄ると、しがみつかんばかりの勢いで捲し立てた。

「セフィロス! くわしく教えてくれ……! いったい何が起こっているんだ!? 私の代わりに誰かが隠匿されたというのは事実なのか……ッ!?」

 『隠匿』などと、この場に及んでも古くさい物言いをするヴィンセントである。

 こうなればもはや、ヴィンセントに隠し通すのは不可能だろう。

「落ち着け、ヴィンセント」

 オレはローブの胸元にしがみついてくる、ヤツの細い指を外しながら静かに切り出した。こいつは、DCがらみの事件がひどいトラウマになっているのだ。難しいとは思うが、なるべくショックを与えたくない。

 さらにいうなら、オレがコイツと同じツラをした男を、愛人にしているということは知られたくなかった。きっと心優しいヴィンセントのことだ。いくら互いに割り切った関係だと説明しても、理解できなかろうし、必要以上に支配人に同情するだろう。

 

「……座れ」

 低く促すと、ヤズーが気を利かせて、ソファの席をひとつずれた。頽れるようにそこに腰を下ろすヴィンセント。どうやらショックのあまり貧血症状を起こしたらしい。爪と唇が紫色になっている。

「……セフィロス、俺、何かあったかいもの淹れてくる」

 ヤズーが立ち上がった。ヤツはほぼ話を聞いていたのだ。あらためて最初からヴィンセントに付き合う必要はないと考えたのだろう。まだデリケートな問題だから、退席したほうがよいと判断したのかもしれない。

 

「セフィロス……ッ!」

 ヤズーが姿を消すと同時に、勢い込んで問いかけてくるヴィンセント。その出鼻を覆い被せるように包み込んだ。

「ネロとヴァイスは生きていたようだ」

「…………ッ!!!」

「……もしかしたら、街でおまえがオレと勘違いした人間も、ヴァイスだったのかもしれんな」

「……あ、あのふたりが……」

 ヴィンセントは目線を泳がせ、口元に指を押し宛てた。細いそれがカタカタと震えているのが、内心の動揺を表していた。

「ネロの目的はエンシェントマテリアらしい」

「エ、エンシェントマテリア……? ど、どうしてそんなものを……」

「……オレが知るか。だが、今の電話はその話に終始したな」

 これは事実であった。虜になっている『ヴィンセント』をも、エンシェントマテリアと引き替えならば手放すとさえ言っている。以前の一件では、ヴィンセントを一緒に連れていこうとしたのに。

「エンシェントマテリア……」

「連中の目的はエンシェントマテリアとやらだ。それに相違はあるまい。そいつを確実に入手するために、『ヴィンセント』をさらったのだろう」

「……で、ではやはり……」

「おまえにそっくりな、あの店の支配人をおまえだと勘違いしてな」

 ヴィンセントは堪えきれないように、両手で顔を覆うとがっくりと項垂れた。

「……おまえのせいではない」

「…………」

 無言のまま頭をふるだけのヴィンセント。

「ヴィンセント。おまえのせいではないと言っているだろう。だいたいネロだのヴァイスだのが生きていたことなど、誰も知らなかったのだからな」

「……だが……セフィロス…… 結果的にヴァイスやネロを攻撃したのは我らだ。彼は……まったく無関係の人間だ。エンシェントマテリアのことだとて、何のことやら全くわからないだろう」

「そんなことを言い出したら、降りかかってくる火の粉を払うことすらできなくなるぞ、ヴィンセント。連中がオレたちに手出しをしなければ、こちらからケンカを売ることはなかった」

「でも……でも……セフィロス!! もし、彼に何かあったら……? 私は何と言って詫びればよいのだッ?  ごく普通の……まっとうな人なのに、こんなことに巻き込まれて……!」

「……おまえのせいではない」

 同じ言葉を強い口調で繰り返してやった。

 

「……そうだよ、ヴィンセント。少なくとも今回の一件は、あなたのせいじゃないよ。……もちろん、一番悪いのはあの連中だけどね。店長さん、運が悪かったんだよ」

 そんな言葉で自身を納得させたのか、ブランデー入りのホットミルクをヴィンセントの前に置いてやった。

「飲んで。少しは気が落ち着くよ」

「……ヤ、ヤズー!! 落ち着いている場合じゃないだろう!? 彼らのアジトはどこにあるんだ!? 私がそこに行く! 私と身代わりで彼をもとの場所に戻してやるんだ! さぁ、早くッ!」

「ヴィンセント。馬鹿なこと言っちゃいけない。それじゃなんの意味もない」

「意味はあるだろうッ!? 無関係の人間が解放されるのだ。これ以上に大切なことがあるかッ!」

「あなたが連中の手に堕ちたら、兄さんはどうなるの!? 俺たちの気持ちは!? そんなこと絶対に出来ないよ!」

「ヤズー!」

「黙れ、ふたりとも」

 大声ではなく、オレは静かに、言い争うふたりを止めた。

 ヤズーの言い分も、ヴィンセントの言い分も理解できるからだ。

「ヴィンセント、エンシェントマテリアについて聞いておきたい」

「え……あ、ああ……」

「いったいどういうもので、今、どこにあるんだ?」

「……その……私は科学者ではないし……よくわからないのだが……」

 そんなふうに前置きをした後、それでもヤツは自らが知り得る限りのことを話してくれた。

「……同じ成分を持つものはふたつとないと言われているらしい。以前……あの事件が起こる前までは、私の肉体の中でカオスが暴走しないよう引き留める……そう、制御装置のような役割を果たしていたようだ」

「……今は?」

「………………」

 しばらく沈黙すると、目線を漂わせた。少ししてからヤツは顔を上げ、口を開いた。

「例の一件で無理やり奪われたが……無事戻ってきて……その……今は手元にある」

「そうか」

「……あ、あの……セフィロス……?」

「おまえにとって、それはまだ必要なものなのか?」

「……いや……どうなのだろう。以前は私の体内で制御装置として機能していたのだろうが……」

「……そうか」

 オレは頷いた。

「ヴィンセントに必要ないものなら、一時的にネロに渡してもいいんじゃない? とりあえず、店長さんと引き替えってことで……」

「……ネロが何に利用するつもりなのかがわからん」

「そ、それはそうかもしれないけど、向こうの要求は、そのエンシェントマテリアとやらなんでしょう?」

「……そうだ。だが、万一、そいつを利用して、何か取り返しのつかないことを……」

「あなたは店長さんが大事じゃないのッ!?」

 いらいらとヤズーが不満をぶつけた。