〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<14>
 
 セフィロス
 

 

 



  

 

 

「ヴィンセントと店長さんを交換っていうのなら引き留めるけど、マテリアひとつで彼の身柄を取り戻せるなら安いものじゃない!」

 身振りを交えてヤズーが言った。

 こいつの言っていることは理解できる。そう……するのが一番よいのだろう。

 だが、万一……万一のことを考えたら?

 オメガと最後まで戦ったのは、オレとヴィンセントだけだ。あの圧倒的なパワー……最期の最期、中枢を砕いたにもかかわらず、あの長時間にわたる熱の放出……

 ネロの野郎は、エンシェントマテリアを利用して、今度は何をしようというのだろう。奴は一体何を知っているのだろうか……?

 それともこんなことを考えるのは、オレの取り越し苦労なのだろうか……?

「ちょっと、セフィロス! 聞いてるのッ?」

「……エンシェントマテリアだ。ただのマテリアじゃないんだぞ」

 ゆっくりとした口調で、確認するようにオレは繰り返した。ヴィンセントの不安げな目線とぶつかる。

「……カオスの力を制御できるほどの力がある特別なものだ。言っておくが相手はネロだけじゃない。オメガの媒体にもなったヴァイスが居ることを忘れるな」

「だったら、店長さんを取り戻してから、もう一度奪い返しに行けばいいでしょう!」

「そう簡単にいけばいいがな」

「セフィロスッ!」

 乗り気でないオレを、焦れたヤズーが怒鳴りつけた。

「じゃあ、どうするつもり!? 『やっぱりマテリアは渡せない。店長さんはお好きにどうぞ』とでも言う気!? 言っておくけど、そんなの俺、許せないよッ!」

「……同感だ」

 ヴィンセントも低く同意した。

 ヴィンセントとしては、何が何でも民間人を……つまり巻き込まれただけの、クラブの支配人を救い出すこと……それが最重要事項なのだろう。

「ねぇ、どうなのよ、セフィロス!」

「……そうは言っていない。あの男は必ず救い出す」

「だから……!」

「……セフィロス」

 ヤズーの物言いを遮って、ヴィンセントがオレの名を呼んだ。重みのある口調に、オレは顔を上げた。

「セフィロス……」

「なんだ?」

「彼らの目的はエンシェントマテリアだと言ったな……? それさえあれば、私だと思っている彼を、簡単に解放するつもりがあるほどに、このエンシェントマテリアを欲していると……」

「ああ、そいつに間違いはない。何度もそれを繰り返していた」

「……そうか」

 ひとつ頷いてから、もう一度、「セフィロス」とオレの名を呼びかけた。

 

「……君の懸念は、特殊な力を持つエンシェントマテリアが彼らの手に渡ってしまったら、どうなるのか……?ということなのだな」

「そうだ。おまえのカオスもたいしたパワーを秘めている。ぶっちゃけ、おまえがそいつを体内に飼っていなかったら、あのとき死んでいたろう」

 オレは白熱に包まれた最後の瞬間を思い出し、そう告げた。ヴィンセントは頷いた。

「そいつと拮抗するオメガ……いや、もしかしたらオメガの方がパワーは上かもしれない。あのとき、オレかお前……どちらかが欠けていたとしたら、残された方は無事ではすまなかっただろう。今、こうしていられるのは、オレたちふたりが同時にあの場所に存在できたからだ」

「……そうだな。私もそう思う」

 深く吐息し、ヴィンセントはふたたび項垂れた。

「……君がいなかったら……私は確実に死んでいた」

 ヤズーが物言いたげな……だが、あの場に居合わせなかった人間としてはどう訊ねていいのか持て余し、複雑な面持ちでヴィンセントを見つめた。

「……エンシェントマテリアを利用して連中が何をしようとしているのか……今度こそ本当に、この世界のすべての命を刈り取ろうと考えているのか……それともまったく別の目的のために動いていやがるのか……」

「……君の懸念は理解した、セフィロス」

 ヴィンセントが厳かに言った。そして穏やかに言葉を続けた。

「君が心配していることはとても重要な事柄だと思う。……だが、いずれにせよ、エンシェントマテリアを持って、人質の身柄と交換しなければなるまい。なにより……まずそれだけはしてくれなければ困る」

「…………」

「私の大切なセフィロスは、怜悧で強くて……だが、とても心の優しい人だ。何の罪もない民間人を危険にさらすような人ではない信じている」

「……ケッ」

 オレを見つめて、至極真面目に……だが、聖母のような慈愛に満ちた眼差しでそんなことを言い出す。全く厄介な野郎だ。こんな言い方をされた日には、動きにくいときたらありゃしない。 

「……そうだよね、やっぱり、店長さんの安全、身柄確保が第一だよ」 

 ヤズーも同意とばかりに言葉を重ねる。

「……おまえにしてはめずらしいな。そんなにあの男が気に入っているのか」

 冷ややかにそういうと、イロケムシはフンと鼻を鳴らした。

「……お世話になった人だしね。あの人の人柄はよく知っているし。こんな形で死なせたくないんだよ」

「それでセフィロス。ネロは何と言ってきたのだ? 具体的な話は……」

 あらためてヴィンセントが問いかけてきた。

「今夜はこのまま動かないらしい。……ケッ、ったく思い出すだけで反吐が出る。『こんな遅い時間に騒がれては、兄さんが目を覚ましてしまいます』だとよ」

「……ふざけてるね。跡形もなく殺し尽くしてやりたい」

「同感だな。……それで、明日の昼過ぎ、もう一度この携帯に連絡が来ることになっている。場所を指定してくるから、そこにマテリアを持って行って……身柄と引き替えにな」

「……そう」

「……明日、か」

 

「ヴィンセント、すまんが、明日、そのエンシェントマテリアとかいうものを、一時的に借りたい。可能ならばその日中に、取り返して戻る」

「私も一緒も行く……!」

 ……言うと思った。

 だが、ダメだ。

 こいつにとって、とにかくDCだの、オメガだのという話は鬼門なのだ。例の事件より数日後、こいつは、精神の均衡を崩しかけた。すべてに起因するのはDC事件だ。

 おのれの出生……愛した女のこと……体内に巣くうカオス……永久の命……

 それらのことを考え詰めるには、ヴィンセントの心と体は脆すぎるのだ。

「セフィロス……! 私も一緒に……」

「おまえはダメだ」

 素っ気なくオレはそう言った。

「どうしてッ!? 彼は私と間違えて連れ去られたのだろうッ? いわば、私は当事者だ!」

「ダメだと言ったらダメだ。……考えても見ろ。連中は未だあいつを、『ヴィンセント』だと思いこんでいるんだ。もし、お前まで助けに出向いて、手元の男がまるで無関係な人間だとバレたら? 何の利用価値もない人間をやつらが生かしておくと思うか?」

「…………ッ」

「おまえが来ない方が、あいつは安全なんだ」

 残酷な物言いだとは思ったが、逆にここまでハッキリ告げたほうが効果的だと判断した。ヤズーが痛ましげに傍らのヴィンセントを見る。

「……エンシェントマテリアだけ貸せ。必ず取り返す」

「…………」

「ヴィンセント」

「……そう……だな。君の言うとおりだ……」

 泣き出すかと思った。だが、奴は思ったより穏やかな面持ちをしていた。

 もっとしつこく食い下がるだろうと予想していたのだが……さっきの話で納得してくれたなら助かる。

「ねぇ、セフィロス。兄さん達に話したほうがいいんじゃない?」

「…………」

「それは私もそのほうがいいと思う。もし、いざというとき、ひとりでも手が欲しい状況になるかもしれない」

「……いいだろう。それはおまえらに任せる。だが、明日、ネロの電話の内容次第では、オレひとりで行くことになると思う」

「…………」

 イロケムシは、すぐに頷きはしなかったが……しばらくしてから口を開いた。

「……今夜はもう遅いよ。とにかく眠ろう。いや、寝れなくても身体を休めておこう。いざとなって体調不良で役に立てないんじゃ店長さんに申し訳ないからね」

「同感だな」

 その言葉にはオレもすぐさま賛同を示した。

「ヴィンセント、電話が来るのは明日の昼過ぎだ。それまでやれることはなにもない」

「……もう休んで。それこそ具合が悪くなったりしたら大変だからね」

 奴はしばらく無言のままでいたが、小さくため息を吐くと、「わかった」と言って立ち上がった。

「ヴィン……来なさい」

「みゅんみゅん!」

 絨毯の上で遊んでいた黒い固まりが、ヴィンセントのふところに飛び込んでゆく。

 

 ……すべては明日の正午過ぎ……

 

 彼らはおのおのの自室に引き取っていった。