〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
 
 支配人???
 

 

 



  

 

 

 ゴシック調の重厚な扉が、鈍い音を立てて開く。

 そこにはここ数日で見慣れた人の姿……そうネロという青年が立っていた。湯浴みを終えた直後らしく、くるぶしまで隠れるマントのような黒いローブを身につけている。

「……ご機嫌はいかがですか。ヴィンセント・ヴァレンタイン」

「……また……ですか?」

 私は冷ややかにそう訊ねた。

 無言のまま、ネロが滑るように側にやってくる。

 そう、私の横たわる寝台の側に……

 まるで足音をさせないネロ。その所作に何度ひやりとさせられたことか。

 

 私はいわゆる人質という身分にしては、十分なもてなしを受けていたと言ってもウソにはならないだろう。もちろん詰問を繰り返されたわけであるが、暖も取れぬような、薄汚い地下室で、鎖に繋がれ鞭打たれたわけではなかった。

 この場所につれさられたその日から、十分に広いこの一室が与えられ、ごく丁寧に軟禁されているのだ。バスもトイレもすべて自由に使わせてもらえるし、三度三度きちんと供される食事は、お世辞でもなく旨かった。

「夕食は口に合いませんでしたか? あまり食べておられなかったようですが……」

「……少し疲れただけです」

 私は低くそう返答した。

 いくら料理が上手くても、囚われの身ではそうそう食欲はわかない。

「ご安心なさい。もうすぐ貴方の保護者殿が迎えに来てくれますよ。そう……エンシェントマテリアを持ってね」

「…………」

「貴方が少しでも弱っておられると、お叱りを受けてしまいそうです。睡眠と食事はきちんと取って下さい」

「……あなたが邪魔しないのならば、今すぐにも眠ります」

 反抗的な私の物言いを、極上の音楽を聴くように受け止め、口の端で笑うと、そっと手を伸ばしてきた。前髪を撫で上げ、額に口づける。

「……保護者殿に貴方をお返しすると申しましたが……」

 歌うように言葉を切り出した。

 夜……休むときだけは、私の両手と両足には枷が取り付けられ、細いチェーンで繋がれる。少し力を入れれば大の男なら千切れそうな太さだが、チタン製合金とやらで、私のような人間が引っ張ってもびくともしない。

「……マテリアと引き替えなのでしょう」

「ええ、そうです……でも、それはとてもつらいことです」

「………………」

「貴方を再び手放さなくてはならないと思うとね。あんな約束をするのではなかったとさえ考えます」

 すっと手を挙げ、自らのセリフに酔った頭を振るネロ。私は相変わらず、沈黙を守り続けていた。

「………………」

「ねぇ、ヴィンセント・ヴァレンタイン。僕は貴方が好きです……」

「………………」

「……貴方はいかがですか?」

「………………」

「僕のことが……お嫌いですか……?」

 体温を感じさせない指先が、私の夜着の前を開いてゆく。死人のような冷たさに思わず肌が竦み上がる。

 私の反応を面白がるように、彼の指はゆっくりと臍から脇腹をすべり、胸の飾りを嬲った。

「…………ッ」

 声を上げた方が楽ではあるが、さすがに私にも矜持はある。ましてや、セフィロスは「自分が必ず迎えに行く」と約束してくれた。

 ……そう、ともに朝を迎えた日は両の指にあまるものの、私たちは一度も「約束」を交わしたことはなかったのだ。

 こんな形で、彼と最初の約束を取り付けることになるとは……  なんとも皮肉なものである。

「…………もう、拷問する理由はないでしょう?」

 私はすでに枷を外し終え、覆い被さってくる人物に苦情を申し立てた。きっと吐き捨てるような物言いになっていたと思う。ここ数日でネロに慣らされた身体の奥に、置火のような炎がくすぶるのを感じていたから……

「ククク……拷問? 貴方はこれを拷問だと思っていたのですか?」

「………………」

 ぐっと私は息を詰めた。割られた下肢に、指先が忍び込んだのだ。

 夜毎繰り返される、苦痛と甘美な陶酔を綯い交ぜにした『行為』。

 そう、ネロは私の身体に触れ、内に侵入してくるのを『愛しているから』と宣った。

 彼は、たぶん……おそらくは『普通の人間ではない』……のだと思う。言葉にするのは難しいが、そう感じる。では、普通の人間でないのなら何なのだと問われると、返答に困惑するが……

 容姿などは、そこらを歩くありきたりの者たちよりも遙かに麗しく、充分美形で通るだろう。ただ白すぎる肌と、強い色味の髪と瞳の具合が見る者に一種畏怖の念を抱かせる。

 そう……よくよく考えてみると、色白で黒髪……という点では、私やヴィンセントさんとも似ているのだ。

 だが、彼の言動や思考には『決定的な歯車が欠けている』と思わせる何かがあるのだ。 正気と狂気のはざまを行きつ戻りつする、不安定さを感じるのだ。

 

 

 

 

 

 

「……ッ……あッ……」

 片足を抱え上げられ、奥深いところをきつく吸われて、閉じ合わせた唇から声が漏れた。

「……やめ……てください。無意味……です」

 下肢で蠢く彼の髪に指を差し込み、目を閉じたまま拒絶の言葉を口にした。だが、それは棘を含んだ嘲りで一笑に付された。

「そうですか……? では、このまま元通り両手を鎖で繋いであげましょうか?」

「……ネ……ネロ……ッ」

「自慰もできぬまま、ゆっくりと熱が冷めて行くのを見ていてあげましょうか……?」

 整った容姿が酷薄に歪む。それはそのまま、彼の心の歪みを表しているようだった。

「……認めてしまいなさい、ヴィンセント・ヴァレンタイン。貴方は『こういうこと』が好きなのですよ」

「…………ッ」

「こうして、身体中愛されて、高められて……見つめられ虐められ興奮する被虐的な性癖をお持ちなのですよ」

「………………」

 私は無言のまま押し通した。

 今、私は『ヴィンセント・ヴァレンタイン』なのだ。そう考えると、せめてネロの言葉に屈服することだけは避けたいと考えた。

「相変わらず頑固ですね、可愛い人」

 ひどく愛おしげに私を見つめ、耳元でそうささやいた。

 ……不思議だ。

 狂気を孕んではいるものの、この男が、本当にヴィンセントさんを欲しがっているのが伝わってくる。それは確かに歪んだ愛の形ではあろうが、彼という存在を欲しているのはウソではない。

 単に利用価値があるからとか、それだけではない、異常な執着を感じるのだ。

「……明日は貴方の保護者殿が迎えに来てしまいますね」

 微かな笑みと失望の色が混ざった声音で、彼はつぶやいた。さきほどと同じ内容の言葉であった。

 耳朶に呼気が触れ、背筋がゾワリと戦慄く。

「本当は貴方を帰したくはないのです。……ヴィンセント・ヴァレンタイン」

「あ……ッ ……あぅッ……」

「……まだ慣れませんか……? 力を抜いて……」

 そうささやきかけ、なだめるようにやさしいキスをくれる。

 これではまるで……そう本当にこれでは、まるきり恋人との交わりのようだ。

「あ…… ああッ…… あッ……あッ……」

 最後の夜だからというのだろうか。彼はなかなか私を解放しようとはしなかった。

 噛みしめていた唇から嬌声が漏れ、彼の背に爪を立ててねだるように懇願してさえ、ざんざんに私を焦らせて翻弄した。

「い……あッ……ああッ……あッ……あッ……」

「……ああ……いいですよ、ヴィンセント…… 貴方は……素敵だ……」

「ああッ……あッあッ……あッ……ネ、ネロ……!」

「ええ、どうぞ……貴方の……欲しいだけ……」

 律動に合わせて、喉の奥から声が漏れる。

 愛撫によってもたらされる肉体の興奮を抑えることはできない。それだけ、ネロが手慣れていたとも言えるだろうし、また、一方的ではなく、私を悦ばせようという気持ちを抱いたまま触れてくれたからかもしれない。

 

 ……ここに連れてこられてから、こうして抱かれるのは何度目だろう。

 だが、そのうちのたった一度さえも、私に苦痛のみを強い、自らの欲求を満たしたことはなかった……

 月が沖天を過ぎる。

 

 ネロは寝台を離れるとき、しばらく私の顔をじっと眺め、ひとつ口づけを落として退室していった……

 問いたいことがあったにもかかわらず、私の意識は白濁し、そのまま泥のような眠りに引きずり込まれたのであった……