〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<43>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

「兄さん…… 兄さん、しっかり」

 ギュと肩を抱かれ、俺は物思いの淵から目覚めた。

 見れば、馬鹿力のセフィが、それこそ信じられぬ腕力で、ヤズーの付けた痕の形に鉄板をぶち抜いていた。

 天井で出来た小さな穴からは満点の星が見える。

 地下に入るときは、薄暗かった程度だが、今は完全に夜だ。

「おい、クソガキ、ボケッとするな! ここから出るぞ! おまえが一番地理感があるだろう。先に行け!」

「え、あ……う、うん!」

「しっかりせんか、ボケナス! くだらんことをグダグダ考えるな! ヴィンセントは大丈夫だッ!」

 セフィロスが俺を励ます。

 ……いや、口調はあくまでも「怒鳴りつける」なのだが、俺の気を引き立てようとしているのがわかるのだ。セフィとは……いろいろあったけど、本当に長い付き合いだし。恋人として過ごした期間を考えれば、ヴィンセント以上になる。

「うん……っ」

「兄さん、先行って」

 ヤズーに下から支えてもらい、俺は切り抜かれた鉄板の淵に指をかけた。革手袋をしてきて正解だった。

「ん……ッ! よっ……!」

 懸垂の要領で、身体を持ち上げ、ようやく外に出られたとき、心から安堵の吐息をついた。まだ何も終わっていないというのに。

 外気を感じられない地下に閉じこめられるのは、想像以上のストレスになっていたようだった。

 

 続いて、ヤズー、そしてセフィロスが出てくる。

 月明かりに照らされた俺たち三人は、互いのとんでもない姿にしばし言葉を失った。

 ……つまり、泥だらけに汚れまくっていたのだ。さもあろう。一時間以上もあの穴の中で右往左往していたのだし、虫やら何やらに襲われ逃げまどいもした。

「あーもぉ、サイアク。髪まとめておいてよかったァ」

 うんざりとした様子でヤズーが文句を言った。

 こいつは本当にマイペースだ。ヴィンセントやカダージュのことが、気にならないはずはないのに、こうしていつものペースを崩さない。性格的なこともあると思うけど、たぶん、キリキリしている俺を気遣っているんだろう。

 弟である彼と比べ、「兄さん」などと呼ばれる自身が情けなく感じたこともあったが、今はそんなふうに悩むことも少なくなった。それより、こんなふうに自然に気遣いをみせてくれるヤツが、「弟」でよかったと……そう思っている。

「チッ……ったくやれやれだな。おい、クラウド、方向はわかるか!?」

 すぐにセフィが聞いてきた。彼はミッション遂行の際は、ほとんど無駄口をきかない。そのあたりは今も変わっていないようだった。

「う、うん。暗くてアレなんだけど、方向は向こうだよ。ただ、目的の家まで、どれくらい時間がかかるかはわからないけど……」

「よし、急ぐぞ! おい、イロケムシ、チビガキに連絡しろ。まもなく合流予定とな」

「わかった。……屋敷の近くでカダージュが俺たちに気付いてくれると助かるけどねェ」

 ヤズーが電話を終えると、俺たちは走った。

 もちろん、車やバイクがあればよかったが、ようやく脱出した場所は、閑散とした平地であったのだ。

 ところどころ、背の低い木が寂しげに点在している。

 なんだかそれは、サバンナの乾燥地帯を思わせる寂寥とした風景であった。我が家のある海辺の別荘地とはまるで異なる国のようにも見えた。

「夜だからかもしれないけど……なんか寂しい風景だねェ……」

 ヤズーが小声で耳打ちしてきた。どうやら、彼も同じ事を考えていたらしい。俺もすぐに頷き返す。

 もっとも地下鉄計画がおじゃんになった場所なのだから、当然とも言えるが。

 

 

 

 

 

 

 ……走って、走って……

 とにかく全力疾走で目的地に向かって。

 息は弾むし、心臓は苦しくなる。

 だが、今はかえって身体がキツイほうが……とにかく目の前に「やるべきこと」「耐えるべきこと」があるのがありがたかった。

 少しでも気を抜くと、ヴィンセントの名を叫びたくなる。そんなことをしても何もかわらないのに…… 地に伏して、自分のふがいなさを呪いたくなるのだ。

 ……たぶん、俺以上にセフィのほうが、そう感じている……と思う。

 なんだかんだ言っても、結局今回の一件は、セフィロスの恋人がヴィンセントと間違われたのが発端なのだから。

 もちろん、セフィ自身に責任はないけど、そう簡単に割り切れるモノではないと思う。

 ヴィンセントから、偽物のエンシェントマテリアを受け取ったこと……それに何の疑問も持たなかったこと。そして今、ヴィンセントがしようとしていることも、セフィロスの恋人のために間違いないのだ。

 だが、セフィはいつもとかわらない。

 淡々と状況を見極め、最良の手段を選んで行動している。

 俺たちのピンチだって、結局彼が打破してくれたのだ。

 

 ……セフィロスがいなければ、今回の事件は起こらなかったのかもしれない。

 だが、今、セフィがいなかったら、絶対に『ヴィンセントを助け出すことは出来ない』と思う。あきらめたり投げ出したりしているわけではないのだ。

 ヴィンセントを守るためなら、俺は死んでもいいと思っている。それだけ好きだから大事だから、愛しているから。

 ……でも、セフィロスを見ていると、その考え方は間違っている……というか、結局は俺の独りよがりなのだと思い知らされるのだ。

 俺がヴィンセントを救うために命を投げたら、きっとヴィンセントは自分を責めるだろう。これから先の人生を、ずっとずっと悲しみの淵で生き続けることになる。結局それでは、何の解決にも、「救い」にすらならないのだと思うのだ。

 セフィが、「誰かのために命を引き替えにする」という選択をしたのを、俺は見たことがなかった。そう、俺自身が彼の側にいたときも。

 彼は何かを犠牲にして人を救うのではない。ただ、自分の意志でその人を助けるのだ。そこには何一つ、「その人の命と引き替え」にするものはない。もちろん、自分の命も他人の命も。

 

 ……ああ、敵わないと思う。

 やっぱりセフィはセフィだ。俺が憧れ、恋心さえ抱いた英雄なんだ。

 まだまだ俺は彼に比べるとガキで……ヴィンセントを大事に思う気持ちは誰にも負けないつもりだけど、『それだけじゃダメなんだ』。

 この前の、DGがらみの疾走事件で思い知らされたばかりなのに。今も、また同じ気持ちを確認している。

 大事に思うだけじゃダメ。

 ……何かを犠牲にすることなく、ヴィンセントを守れるようにならなくちゃ……!!

 

 それって、とても難しいことだと思うけど。

 やっぱり、俺にとって、セフィロスは憧れだ。いつか、あんなふうになりたい。

 エロイところや自己中な性格までは、真似したいと思わないけど……いつか、彼のように、強い男になりたい。
 
 ……できるだけ早く、だ。

「ボサッとするな、クソガキ! 急げッ!」

 ……あの人の口の悪さには閉口するけどね。

 セフィロスは、考え事のおかげでちょっとばかり遅れた俺を、二度ほど怒鳴りつけてくれたのであった……