〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<49>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 キュォォォ!

 

 高い擦過音を鳴らして、カダージュの運転する車が門前に着けられた。

「みんな、急いでッ、早く乗って!」

 助手席にセフィロス、俺と兄さんはヴィンセントを両側から挟む形で後部座席に乗った。

 追っ手に備え、銃の準備は怠らない。

「出すよッ!」

 高い声でそう叫ぶと、カダージュはF1レーサー並みの切り返しで、一気に走りだした。

 

「ヴィンセント……ヴィンセント……? 大丈夫?」

 兄さんがシーツを巻き付けたヴィンセントの身体を抱きしめる。

「……ああ。それより……皆のほうこそ……」

「平気平気なんともないって。ただ汚れてるだけ」

 兄さんより早く俺はそう答えてやった。

 ヴィンセントにとっては、恋人の兄さんがそういうよりも、俺みたいな立場の人間がそう言ってやった方がよいかと思ったから。

「ああ、ホント! ヴィンセント、ごめん。汚れちゃうよね」

 泥だらけの俺たちに囲まれて、ヴィンセントにばい菌が感染らないかと心配になったのか、兄さんはかなり深刻な声音でそう言った。

「そんなこと……気にならない……ありがとう……」

「もぅ、お礼なんかいいんだってば! ああ、よかった……間に合って……」

「すまない……クラウド……本当に……すまなかった…… あんなふうに怒ったおまえを……初めて見た」

 不自由な体を兄さんにもたれさせたまま、ヴィンセントは静かにそうつぶやいた。

「えー、ヤダなぁ。なんかあらためて言われると恥ずかし〜。でももう頭に血が上っちゃってさ。カーッって……」

「嬉しかった……ありがとう」

「ヴィンセント……もう、あたりまえじゃん!」

 ギュッとヴィンセントを抱きしめ直す兄さん。でも、すぐにあわてて、

「あ、ご、ごめん! 怪我してるんだよね。い、痛かった?」

「……腹の傷は浅いから…… なんともない」

「……そんならいいけどさ。……ヴィンセントが手術ベッドに横になってたの見たとき……気が狂いそうになったよ。息するのも忘れるくらい……心臓が止まるかと思った」

 泥まみれになった革手袋を外し、兄さんがそっと彼の黒髪を梳く。

「目の前がくらくらして……吐き気がして…… ネロを見た瞬間……殺してやるって……もうそれだけだった」

「クラウド……」

 

 車のスピードが落ち着いた。

 万一に備えはしたが、やはり追っ手はないようだ。ネロらを含め、生き残った連中はあの飛行船でいち早く脱出したのだろうから。

「カダ、ご苦労様」

 安全運転に切り替えた弟に、後ろから声をかけた。

「ふー、車の運転久しぶりだったから。ちょっと緊張したけど」

「追っ手はないようだね。まぁ、あの状況じゃ、向こうもそれどころじゃなかっただろうけど」

「……ネロたちは?」

「う……ん、話せば長くなるけど、最後は逃げられたよ。なんとかしたかったんだけどね」

「そっか。……でも、ヴィンセントが帰ってきてくれたから、僕、それでいいや」

「だよな。おまえのいうとおりだ」

 兄さんがヴィンセントを抱きしめたまま、そう応えた。

「……ヴァイスの状態があれじゃ、そうそう行動は起こせないだろうし。まぁ、しばらくは大丈夫なんじゃない?」

「ヴァイス? ヴァイスがどうかしたの?」

「おい、カダ、運転しながらしゃべると事故るぞ」

 兄さんが言った。一応真面目な声で。

「えー、もう街の中だもん。平気だよ〜」

「ヴィンセントが乗ってるんだからな!」

「まったくもう、兄さんはァ、ふふふ。……ん〜、あのね、カダ。ヴァイスは普通の状態じゃなくなっていたんだよ…… 自業自得といえば、その通りなんだけどさ」

「ふ、ふぅん……?」

「いいさ。早く戻ろう。さすがに疲れたし、ヴィンセントの傷、治療しなきゃ」

 上手いこと兄さんが後を引き取ってくれた。

「セフィロス、もうすぐ支配人さんのマンションのあたりを通るけどどうする?」

 黙り込んだままの助手席の男に、カダは気を利かせて声をかけた。

 何故かセフィロスは、あの屋敷から脱出して、今このときまで、ずっと口を噤んだままだった。最初は眠っているのかと思ったのだけど、バックミラーに映る端正な顔は、目を閉じてはいなかった。

「……さすがにこの格好ではまずいだろう。家に戻る」

「まぁ、そうだね。時間も遅いし。その格好のままじゃ、部屋を泥だらけにしちゃうよ」

「ねぇねぇ、この車も、お掃除してから返したほうがいいんじゃない? 僕、最初ヤズーたち見たとき、ホントにヤズーなのかってびっくりしちゃったもの」

「泥も滴るいい男、だろ」

 兄さんの軽口で、大分緊張がほぐれた。

 

 そしてまもなく、懐かしの我が家が見えきた。

 安堵の吐息をついたのは、俺だけではなかったと思う。

 ……帰れる場所があり、そこに誰ひとり欠けることなく戻ってこられた……

 そんな感慨にひたって、この家を見るのは何度目だろう。

 

 カダージュの運転する車は、吸い込まれるように門をくぐったのであった。