とある日常の風景。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント〜
<午後の部>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

13:00

 昼食。

 とはいっても、さきほど入った喫茶店のランチメニューを適当に頼むだけだ。

 店を変えるのも面倒だったし、朝食が遅かったので、それほど空腹なわけでもない。

 俺は、茄子とベーコンのパスタ、ヴィンセントはほうれん草のタリアッテレを頼む。

 

「……あの、クラウド」

 めずらしくもヴィンセントのほうから声をかけてくる。一緒に住んでいても、彼の方から話題を振ることは少ない。その物静かなところも、共にいてとても心地良いのだが。

「……何だ?」

「……その……リーブから、呼ばれているのだ。相談に乗って欲しいことがあると……」

 言いにくそうにつぶやくヴィンセント。

「またかよ、アイツは」

「……元・タークスということで、話をしやすいということらしい」

「行くのか?」

「……あまり気乗りはしないのだが」

 オズオズとそう言った。

 ああ、わかっている。コイツは頼まれると、嫌とはいえないお人好しなのだ。もと神羅社員とはいえ、俺たちに助力し、ともに星を救おうとした仲間だ。

 ……わかってはいる。……わかってはいるのだが……

「……クラウド?」

「行ってやったら? アンタのこと頼りにしてんのはホントだろうし」

「……不快か?」

「そういうわけじゃないけどさ。まぁ、リーブのことは信用してるけど、気を付けろよ、ヴィンセント」

「…………??」

「『??』じゃなくて。ルーファウスだの、外のタークス野郎なんか、出てきやしないだろうな……おまえ、ボケッとしてるから、さらわれるんじゃないぞ?」

「……まさか。私などさらっても何の利点もないだろう。そんな無駄なことはすまい」

「いや、利用価値だの、なんだのということじゃなくてな……」

 俺は言葉にしにくい何やらをブツブツを口の中でつぶやいた。ぶっちゃけ、人体実験を施すマッドサイエンティストだっていたわけだし、そうでなくてもヴィンセントはとても見栄えのする美貌をもっている。

 肌の白さを引き立たせる長い黒髪、ビジョン・ブラッドの双眸。背は高いが俺よりも遙かに華奢だ。

 

「……え?」

 不思議そうに顔をあげるヴィンセント。そういう何気ない表情が、妙に無防備で頼りなげに見える。                

「ま、いいさ。気を付けて行って来いよ」

「……ああ……そうだ」

 なにか思いついたような、物言い。

「何だ?」

「……今日の……あの指輪を持っていく。ならば、安心だ……」

「は?」

「その……守ってくれると思う……」

「……あのなぁ」

 ……今どき、女子どもでもそんなセリフは言わないぞ。なんというか、本当に致命的に世の中に迎合していない。そこがいいところだとは思うのだが。

 思わず脱力しそうになるが、彼の満足げな面持ちをみると、否定的な意見を言うのもはばかられる。

「ああ、そうだな」

 と頷いておく。

 

 

14:00

 ずいぶん長居してしまった。そろそろ出ることにする。

 この時間なら、そろそろアクセサリーもできあがっていることだろう。

 他にどこか見たい店があるか、ヴィンセントに訊ねてみるが、特にないという。

「クラウドのほうこそ、いいのか? せっかく来たのに……」

「いや、俺の目的はあの店だったから。それじゃ、受取にいこうか」

 そんなやり取りをして、もう一度、催しに行く。

 案の定、午後になって人出が倍増した感がある。広めに取ってあるメイン通路も、女性客を中心にごった返し、俺たちは目的の店にたどり着くのに、辟易としてしまった。

「大丈夫か、ヴィンセント」

「ああ」

 さきほどの店員が、めざとく俺たちを見つけてくれて、すぐさま小走りにやってくる。

 

「お客様! お待ち申し上げておりました」

「ああ、できてる?」

「はい、ただいまお持ちいたします」

 そういうと、すぐにとって返し、瀟洒なクリスタルのケースを持ってきてくれた。

「こちらでございます。サイズはよろしいでしょうか?」

「え? あ、ああ」

「ああって、ヴィンセント、つけてみないとわからないだろ」

 笑いながら言ってやる。付き合いのいい女性も、満面の笑顔だ。

 

「せっかくですので、お客様……」

 彼女はそう言って、俺にリングを差し出した。付けてやれとでもいうのだろうか。

「プレゼントでございましたら、贈り主さまからお渡しいただきますのがよろしいかと」

「ああ、そうかな。じゃ、手、出せよ」

「…………」

 いや、赤くなるなよ、ヴィンセント。こういう場面は、クールに流すもんだろ。

 グズグズと埒があかないので、さっさと左手を引っぱり出して、強引に填めてやる。とりあえず、何の躊躇もなく薬指にいってしまったのは不覚だったが、終わりよければすべてよしだ。


「どうだ? 緩くはない?」

「……ぴったりだ」

 消え入るような声で、ヴィンセントがつぶやいた。

「ありがとうございました、こちらは付属のケースでございます。末永くご愛用下さいませ」

 深々と頭を下げる店員に、こちらからも礼を言い、俺たちは売場を後にした。

 

 

15:00

「さてと、じゃ、そろそろ行くか。人混み疲れただろ?」

「…………」

「ええと、帰りに青物市場に寄るんだったよな。あれって広場のイーストエリアでよかったけ?」

「…………」

「ヴィンセント?」

「……え? あ、ああ、すまない」

 あわてて、自分の左手から目線をそらす。どうもリングに気を取られていたらしい。

「な、なんだ? クラウド」

「いや、買い物の話だよ。市場寄るって言ってただろ」

「ああ、そうだな。野菜を買わなければ……」

「俺はよくわからないから、アンタについていくよ」

「ああ」

 どことなく上の空だ。

「ヴィンセント? なんだかなぁ。まぁ、気に入ってくれたんなら嬉しいけどさ」

「……やっぱり外しておくことにする」

「なんでだよ」

「……外でつけたら、キズがついてしまうかもしれない」

 あくまでもマジメな顔で言うヴィンセント。その真剣さに悪いとは思いながらも、ついつい吹き出してしまう。

「ちょっ……アンタ、そんなんじゃ、どこにも付けて行かれないじゃないか」

「……自宅で……いや、炊事や掃除のときには外そう……入浴のときもまずいな……」

 ボソボソと低い声でつぶやく。

「気にしすぎだろ、ただのアクセサリーなんだから」

「……おまえが選んでくれたものだ」

 さわやかな青空と白い雲の下で、殺し文句をささやくヴィンセント。しかも本人にその自覚無しときている。彼はある種の女性に一方的に好意を寄せられるが、その原因はこういった無自覚さにあるのかもしれない。

「……眠るときに付けることにする」

 ようやく納得のいく結論を見いだせたのか、彼は俺を見て、満足げにそう告げた。

「……ヴィンセント、可愛い」

「……なんだ、いきなり。おかしなことを言うな」

「もう、なんていうか……可愛いよ、好きだよ、ヴィンセント」

「いい加減にしないか、往来を歩きながら言う台詞ではないだろう」

「別に言うだけならいいだろ。何なんだろう、アンタ見てると、ホンット、守ってやりたくなるというか、こう……ひどいことして泣かせてやりたくなるというか……でも、撫でくりまわしてなぐさめてやりたくもなるというか……」

「……何なのだ、それは」

「知るかよ、そう感じるんだよ」

 ムッとして投げ捨てるようにそう言った俺に、ヴィンセントは不満げな顔を見せた。さもあろう。このような言われ方をされているほうではなく、しているほうが、ムカつく道理はない。

                           

「……クラウドはもの好きだ」

 ボソっと、ヴィンセントがつぶやいた。その言い方が、さきほどまでのやり取りとは少し異なっていて、俺は彼の顔を見る。

「何がだよ?」

「……私のような人間に、いろいろとかまう」

「はぁ?」

「なぜ厭われないのが不思議だ……」

「いや、アンタさ。俺のことはともかく、誰かから嫌われたことってあるの?」

「それはもちろ……」

 口答えされる前に、さらに言葉を重ねてしまう。

「だいたい、アンタの方から他人を避けてるだけだろ。……俺が言うのも変だけど、嫌われる要素、ないよ。全然」

「……私は口下手だし……」

「べらべらしゃべる男よりいいって言われるんじゃない?」

「……気の利いた言葉など、ついぞ思いつかない……」

「いや、それはいいだろ。女には、かえって誠実だって思われるみたいだぞ」

 これはティファ、ユフィにヒアリング済みだ。

 

「自分の持ってるもので、誇れるところなど……」

 などと、まだボソボソつぶやいている。

「あるだろーが、たくさん!」

 俺は語気を強めてそう言った。

「その性格だってむしろ好かれる要素だと思うし、ヴィンセントは顔立ちも整っているし、身長だって俺より高いし! 痩せてるのだって、そういうほうが好きってヤツも多いんだぞ」

「……クラウド」

「偉そうなアンタなんて想像つかないけどさ。なんでもマイナスにとらえるのはよくないぜ。俺はヴィンセントのそういうとこ好きだからさ。それを否定するなよ」

 

「……わかった」

 と言った彼の声音は、いつもより静かで、それでもなんとなく安心したような響きがしたと、そう思う。