コスタ・デル・ソルへようこそ。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&セフィロス〜
<11>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 ヴィンセントと同時にそちらを見遣る。

 陽の沈みつつある海の方角だ。

「あれは……」

「モンスターだな。ほう、シーウォームだ。ミディールに出るのは知っていたが、こんなところにまで出没するのか」

 私が言い終える前に、ヴィンセントが走り出す。

「おい……どうした?」

「人が襲われているはずだ、悲鳴が聞こえた……!」

 走りながら言う。奴にしては大きな声だ。

「おい、待て、放っておけ!」

 私の静止を聞かず、水しぶきをあげて海へ入ってゆくヴィンセント。

 みれば、縦さえも、我らの背丈の倍ほどもありそうなシーウォームが、波を漕いでいる。

必死の形相で逃げまどっているのは、女、子どもだ。

 シーウォームとはその名の通り、海に棲むウォームだ。蛭のような形態をしており、身体はぬめりと長い。血を吸い、肉を砕く巨大な牙が口いっぱいに生えている。

 

 奴は銃を構えると、シーウォームの頭部の触覚を狙って連射した。

 なるほど、みごとな腕前だ。あの動きの中、小さな触覚に的確に当てるとは。だが、相手は海の鈍牛シーウォームだ。奴の痛覚はひどく鈍い。

 グネグネと大きく身をのけぞらせると、ゴウとばかりに水をすすった。蛭のような巨大な口腔に海水が吸い込まれる。

 

 助けが来たことと、恐怖と疲労で、泣き叫ぶ若い女たち。子どもを守る母親らしき者。

 まだとどめを刺したわけではない。ヴィンセントはふたたび銃を構える。陸上ならば狙いを定めるのも容易だろうが、海中では分が悪かろう。

 逃げまどう女たちをかばうように、立ちふさがると、銃を連射する。轟音をとどろかせ、断末魔の奇声をあげるシーウォーム。

「はやく、陸へ……」

 女たちをせかす。必死に這って、水からまろびでる者はまだよいが、腰が抜けたように海水に浸ったままの者もいる。

 やがて、ビクビクと身を震わせ、巨体を海に沈めるシーウォーム。大きな波しぶきが飛んだ。

  

 奴は、あの化け物相手に、5,6発の銃弾しか撃っていない。すべて急所をついている。さすがに元タークス、みごとなものだ。

「さぁ……掴まれ」

 動けなくなった女たちを抱えて、陸へ上げてやる。彼女らの家族か恋人なのだろう。すぐさま駆け寄ってきて、抱きしめ、ヴィンセントに泣きつくように礼を言う。

 それを適当にいなして、海に戻るヴィンセント。

 なにをしているのかと思えば、取り残された人間がいないか確認しているらしい。うんざりするほどのお人好しだ。こんな無力な下司どもを助けたって、何の得にもなりはしないだろうに。

 

「おい、ヴィンセント!」

 私はヤツを呼んでやった。

「あ……」

「いいかげんにしろ、もう誰もいない。はやく戻れ」

 そう言ってやる。一応、私の言葉を信用したのだろう。小さく頷き、ヤツは泳ぎだした。

 ……いや、正確には泳ぎだそうと水を蹴ったところだった。

 

 ブシュアァァァ!と、激しい破裂音が響く。岸の者どもは悲鳴をあげ、こけつまつろびながら逃げてゆく。

 見る間にヴィンセントの身体が波に飲み込まれた。

「チッ!」

 私は舌打ちした。

 やはりもう一頭潜んでいたのだ。シーウォームはつがいで行動する習性がある。

 さきほどヴィンセントが仕留めたヤツよりも、ひとまわりほど小振りな……それでも、人ひとり飲み込むことなど容易かろう図体をしたモンスターが、波を切り裂いて伸び上がった。

「キシャァァァ!」

 と耳障りな声で吠える。相方が殺されて気が立っているのだろう。

「おい、ヴィンセント! ヴィンセントッ!」

 名を呼ぶがヤツの身体は浮き上がってこない。

 ……別に助けてやる義理はない。あいつはクラウドの仲間で、私の敵だった男で……そんなことを考えることすら煩わしい。

 

 言葉にし難い不快感を噛み潰し、私は水中に身を投じた。

 あたりまえのことだが、マサムネなど持ってきてはいない。素手でこの巨躯を相手にするのは骨が折れるだろうが、そう言ってもいられなかった。

 シーウォームの目は退化して潰れてしまっているが、嗅覚は異常にするどいのだ。側近くにやってきた私の匂いをかぎ取ったのだろう。恐るべき正確さで牙を剥いてきた。

「フン……剣があれば容易いのだがな」

「ギシャアァアァアァ!」

 狙うとしたら口腔だ。身体は海洋生物の特性でぬるぬるとつかみ所がない。触角は頭部の上方にあるため、素手では届きそうもない。

 ヤツはカッとばかりに口を開き、私を喰らおうと向かってきた。

 

 大きく開かれた口の端を、両の手で掴み締める。さすがにものすごい力だ。踏ん張った両腕がしびれてくる。私は両腕を支点に水を蹴り、一回転して蹴りを上顎に喰らわせた。ゴッという鈍い音がして、血が吹き出る。

「キィィィ! ギシャアァァァ!」

 大きく開けた口腔の、下顎に着地する。そして体勢を立て直し、私は両の手で上唇を掴んだ。そのまま一気にふたつに引き裂く。

「ハァァァァァッ!」

 渾身の力を込めると、私の声のあとを、ビチビチッと肉が裂ける不気味な音が追った。

「ギャガギャギャギャ!」

 生ぬるい血が飛び散り、不快にも顔や髪に降り注ぐ。私はかまわず醜い巨体を、引き裂けるところまで引き裂いた。

 ヤツがゴボゴボと断末魔の血膿を吐き出すのと、私の視界に、黒っぽい人の影……おそらくヴィンセントであろう姿が映ったのがほぼ同時であった。

 沈んでゆく巨体を振り解き、ヴィンセントのほうへ泳ぐ。波が高く、つかまえるのに一苦労だ。

 やっとのことで、ヤツの細い身体を捕まえたとき、柄にもなく安堵の吐息が口をついた。

 

「おい、ヴィンセント! ヴィンセント!」

 横抱きにして、海水から顔を上げさせる。パシパシと頬を叩くが一向に気づく気配がない。

「チッ……水を飲んだか……やっかいだな」

 私はヤツを抱えたまま、浜辺に泳ぎ着いた。周囲には人だかりができている。さきほどヴィンセントが助けた女たちが固唾を飲んでこちらを見守っている。

「おい、ヴィンセント!ヴィンセント、しっかりしろッ」

 もう一度、頬を叩く。

 しかし眉一つ、動かさない。

 私は細い身体をうつぶせにすると片手でささえた。そしてもう一方の手で肺の裏を強く叩く。

 2、3度繰り返すと、ヴィンセントの身体がびくりと反応した。

 そして4度目。強すぎないように加減して叩いてみる。すると幸いなことに、ヤツは大きく咳き込み、ガバリと大量の海水を吐いた。ヒューヒューと喉を鳴らす。

 今度は軽く背を叩く。ゲホゲホと咳をくり返し、苦しげな空えづきを繰り返すと、徐々に呼吸が落ち着いてくる。

 私は静かにヤツの身体を仰向けてやった。情けないほどに軽い肢体は、片手で裏返せてしまう。

「……は……はぁっはぁっ……ゲホッゲホッ……あ……セフィ……」

「……手間を掛けてくれるな」

 私がびっしょりと濡れているのを見取って、状況を察したのだろう。彼は苦しげに眉を寄せた。

「……あ……すまな……」

「いい。まだ動くな」

 不本意だが、ヤツを抱きかかえたまま、容態が落ち着くのを待つ。

 親切な輩もいるもので、私の放り出した荷物をまとめ、持ってきてくれた。さきほどの女の家族だろう。その後ろで医者を連れてきた男もいる。

 

「おい、すまんがその荷物をクラウドの……ああ、チョコボ頭をした金髪のガキなんだが……」

「ストライフデリバリーサービスのことかい?」

「ああ、そうだ」

「わかった。まかせてくれ」

 気のよさそうなオヤジがすぐに了承してくれた。

「おい、アンタ、医者が居たんで連れてきたが……」

 もうひとりの男が声をかける。

「ああ……一応診せたほうがいいか」

 私がそういうと、それまで眉を寄せ、荒い息をついていたヴィンセントが目を開いた。

「い、いや……大丈夫だ……」

「? 診てもらうだけ診てもらったほうがいいだろう」

「い、いや……ダメだ……」

 首を振ってギュッと私の服を掴むヴィンセント。

「……? なんだ、どうした」

「セフィロス……ダメなんだ」

 頑固なまでに診察を拒むヴィンセント。解せない態度だが、しばらくして、ああ、と思い当たる。かつてクラウドのパーティーにいたコイツと戦ったことがあった。

 リミットブレイクしたとき、この男の姿は到底人間と呼べる者ではなかった。

 黒い翼を持つ悪魔……カオスの姿によく似ていた。どういう経緯か知らないが、こいつも普通の身体ではないということだ。

「……おい、医者。気付け薬と解熱剤をよこせ」

 宝条によく似た痩躯の医師は、びくびくと警戒しつつも、診察鞄から薬の包みを取り出した。

「悪いがもらってゆく」

 一言だけ言い置くと、私はヴィンセントの身体を担ぎあげた。そのまま背に負う。

 背後でヴィンセントがなにかつぶやく。謝罪の言葉か、それとも降ろしてくれとでも言ったか。無視して歩き出す。

 ぐしょぐしょに濡れた服と、砂まみれの靴が気持ち悪い。

 私は歩みを早めた。

 背に負った男の重みなど、まったく感じはしなかった。