コスタ・デル・ソルへようこそ。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&セフィロス〜
<12>
 
 セフィロス
 

 

 


 
 
 
 
 
 

 私がダメ男を背負って、家に帰り着くのと、クラウドが仕事を終えて戻ったのと、ほとんど時間差がなかったらしい。

 ヤツは今まさに連絡を受け、血相を変えて飛び出すところであった。

 ヴィンセントを担いだ私を見つけると、大急ぎで走り寄る。

 

「セ、セフィロス……ヴィンセントは? ヴィンセント……おい、しっかりしろよ、ヴィンセント!」

「落ち着け、子どもが。死んでるわけじゃない」

「よせよ! おい、ヴィンセント!」

「落ち着けと言っている」

 私は歩きながら言った。クラウドが玄関を開け、広間の扉を押し広げつつ、くっついてくる。

「馬鹿なヤツだ。そこらの虫けらどもを助けて、モンスターに襲われたんだ」

「…………」

「正確には波にのまれただけだ。怪我をしているわけじゃない」

「……あ、ああ、そうなのか。男が荷物持って知らせに来てくれたんだけど、要領を得なくて……」

 やはりオヤジはダメだ。

 

「クラウド、湯は沸かしてあるか?」

「う、うん、すぐ使えるようにしてあるよ。こっちのバスルーム……」

 私は頷くと、ヴィンセントの頬を軽く叩いた。

「あ、ちょっ……乱暴すんなよ、セフィロス!」

「おい、ヴィンセント! ヴィンセント!」

「…………」

 無言のまま、微かに紅い瞳を開く。

「……ヴィンセント? 大丈夫か?」

 クラウドが極ひかえめに容体を訊ねた。

 だが、ヤツの色を失った口唇から漏れたのは、クラウドへの返答ではなかった。

「……寒い」

 ガチガチと歯を打ち鳴らし、ヴィンセントはかすれた声で訴えた。

 もともと色白の肌は、白いを通り越して、透き通るような青白さだ。目を開けているだけでも疲労するのか、紅い瞳がふたたび閉じ合わされる。

 体温の著しい低下とショック症状だ。

 

「チッ……」

 私は舌打ちした。

「セ、セフィロス…ど、どうしよう… あ、ああ…そうだ… い、医者…呼ばなきゃ……」

「医者はまずいのだろう。しっかりしろ、バカ者が」

「……セ、セフィロス」

「クラウド、こいつの寝室を整えておけ。それから、氷…… タオルと着替えをあるだけ用意しろ」

「う、うん」

「一時的に体温を戻すが、落ち着いたら発熱するはずだ」

 ヴィンセントの身体をそのまま抱き上げると、私はバスルームへ歩き出した。

「じゃ、解熱剤が要るよな。俺、買いに行ってくる!」

 居間でクラウドが言う。                                        

「薬なら、さっき医者にもらった分があるが……ああ、そうだな。少し余分にあったほうがいい。急いで行って来い」

「わ、わかった!」

 私は言った。

 ヴィンセントのただならぬ様子を見て、クラウドは今パニック状態だ。実際に動いて、何かさせたほうが冷静になれる。

 

 表通りに爆音がとどろいた。クラウドのバイクだろう。

 

 私は手早く自分の服を脱ぎ、ヴィンセントの服を剥ぎ取ると、その裸体を抱えて湯船に入った。目を閉じたままのヤツの首裏に、冷タオルを当てておく。温めるのは身体だけだ。

 気づきはしなかったが、私の身体も大分冷えていたらしい。徐々に肉体に熱が戻り、力が満ちてくるのがわかる。

 だが、ヤツと私では、体力も回復力も全く異なるだろう。

 

 紙のように白い顔は、まだ赤みを取り戻さない。このまま、しばらく湯に浸しても目覚めないようだったら、胸部マッサージを施す必要があるかも知れない。

 

 ……そんなことを考えているおのれに失笑する。

 

 こいつの命を助けて何になるというのか。むしろ障害を増やすだけではないか。

ましてや、わざわざ、抱いて湯に浸してやって、目覚めを待つとは……

 

 ……私は何をしたいのだろう。

 ここでコイツを救って、私を信用させ……もっとも効果的な形で裏切り、深い絶望の淵で絶命する様を見たいのか……

 それとも、そんなコイツの有様を見て、狂気に犯されるクラウドを嗤ってやりたいのか……

 ……いや、それとも……

 ……それとも……

 

「……あ」

 低いつぶやきで、私は物思いから我に返った。 

「……あ……? ここは……」

「風呂場だ」

 私は端的に答えた。

 ヴィンセントの瞳が伏せられる。上から見下ろすと、紅い双眸を覆う睫毛が、ひどく長いことに気が付く。おそらくヤツは回らぬ頭で、これまでのことを回想しているのだろう。

「……貴様が救おうとした人間どもは、皆無事だ。おまえが一番無様だな」

「…………」

 ヴィンセントは何も答えない。                                                     

「クラウドなら、薬を買いに行っている。……じき戻る」

「…………」

「……おい、ヴィンセント?」

 

「……本当に無様だ」

 ヤツはぽつりとつぶやいた。その物言いがあまりにも寂寞としていて、私はヴィンセントの顔を見た。

 青ざめた頬に微かに赤みが戻ってきていた。

「わかっているなら無茶をするな。次はどうなっても知らんぞ」

「……なぜ……私を……助け……」

「ただのきまぐれだ。気にするな」

 ヴィンセントの言葉を遮って、私は答えた。

 

 

                            ★

 

 

 

 しばらく沈黙の時が流れる。

 最初にいたたまれなくなったのはヴィンセントの方だ。

「あ、あの……セフィロス……」 

「なんだ」

「もう……その……置いていってくれても……」

「そういうセリフは、起きあがれるようになってから言うんだな」

 ヤツは耳まで真っ赤になった。

 

 男も女も数え切れないくらい相手にしてきたが、その中にはこういう雰囲気の人間もいた。

 幾たりもの血を流しながらも、その身に降りかかる多くの事柄を受け止め、すべてをあきらめているようであっても、微かな光におずおずと手を伸ばすような……恐れを抱きつつも、あたたかな腕を求める……悲しく愚かしい存在。

 

「セフィロス……?」

 ふたたびヴィンセントの声で我に返される。こいつは人の心が読めるのではなかろうか。私の瞳に不快の色を見取ったのだろう。ヤツは申し訳なさそうに言葉を続けた。

「あ……すまない……その……急に黙ってしまうから……」

「考え事をしていた」

「……え」

「今ならたやすく貴様を殺れるなと思ってな」

「…………」

 紅い瞳が瞠られる。

「おまえを抱くこの腕を解いてしまえば、貴様は簡単に死ぬぞ。それともその細い首を縊ってやろうか。ああ、どうせ殺すなら最期にいい思いをさせてやってもいい」

「…………」

「フン……どうした? 恐ろしくて声も出ないか?」

「……セフィロスは……」

「……?」

「……セフィロスには……誰か大切な人はいないのか……?」

 ヤツの口からこぼれ落ちたのは、思いがけない言葉だった。

 そしてそれは、ひどく私のカンに障った。

 

「……興醒めだ」

 私はそう言うと、ヤツの身体を抱き上げた。

「……あ」

「もう体温は戻ったはずだ。だが、ショック症状がある。これから熱が出るだろうな」

 顔を見もせず、そう告げ、細い身体を大判のタオルとローブで包む。           

 そのまま、ヴィンセントの私室の扉を蹴り開け、クラウドが整えたベッドに放り込んでやった。

 

「……あ、あの……」

 サイドテーブルに氷水とタオルがきちんと置いてある。あの子にしては上出来だ。私は手布をしぼると、ベシッと音を立てて額に押しつけた。

「あ、あの……セフィロス……さ、さっきはすまない……ぶしつけなことを……」

「いいから黙ってろ」

「で、でも……その……あ、ありがとう……」

「寝ろ。後で解熱剤を持ってくる」

 私はそれだけ言い置くと、ヴィンセントを残して部屋を出た。未だ何か言いたげな様子であったが、聞くつもりにはなれなかった。                                

 

「……不愉快な」

 私はつぶやいた。