〜 ディシディア ファイナルファンタジー 〜
 
<44>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 虚空を満たした水の分子が、俺の周囲に円を作り、それが巨大な氷柱になる。

 先刻、仕掛けられた攻撃だ。横飛びに跳ね、円から脱出すれば、氷りに捕らわれることはない。

 わかってはいたが、深傷を負った肉体が言うことを聞いてくれない。

 水の分子は、彼女の命令ひとつで、すぐさま氷結する。

 

 動け……! 動け、俺の足……!

 

「さようなら、スコール・レオンハート! ……永久に氷の中で眠りなさい!」

 

 間に合わない……!

 

 バシュウゥゥゥ!

 

 そう思った瞬間、目の前で爆発が起きた。

 身体は……ちゃんと動く。ここは氷の中ではない。

 意識も……ある。

 

 ならば今の爆発は……?

 

「……手出しをするつもりはなかったがな」

 目の前に、片翼の天使が立っている。

 爆風で長い銀の髪が空を踊り、まるで俺を爆風から守るように、黒い翼を広げていた。

「セ、セフィロス……」

「どこまでも卑怯な、この女の戦い方と……物言いに辟易していた」

「い、今のは……どう……」

 思わず訊ねた俺に、こちらを見ることさえせず、さもどうでもよさそうにつぶやいた。

「氷結の瞬間、ファイガを放った。我らを包む形でな。さっきの音は、氷柱が気化したしたものだろう」

「……おのれ……おのれ、貴様はどこまでも……!」

 ギリギリと魔女が紅い口唇を歪めた。

 醜く歪んだその顔こそ、ヤツの心根そのものなのだろう。

「言っただろう。おまえの戦い方と物言いが気にくわない。理由はそれだけだ」

「やはり、貴様から最初に殺しておくべきであった! ケフカなんぞに任せたのは間違いだ! 死ね、裏切り者が!」

 魔女が氷の弾丸をセフィロスに向けて、続けざまに放つ。

 だが、それは瞬時に、蒸気になり、彼の身体を打つことはなかった。

 

 長刀という得物を得意とする彼が、ここまで魔法を自在に操れるとは……!

 氷の弾丸が気化するのは、先ほどの応用だ。

 弾の軌跡を見切り、それにファイヤを矢のように放っている。

 氷と火がぶつかり、相殺されているのだ。

「こ、こしゃくな! さぁ、消えよ! スコールともども、肉片と化し、地に還るがよい!」

 魔女の羽から、紅いものが飛んでくる。

 それらは、次々とこちらの足下に落ちて行く。

 『まずい!』と思った瞬間、それらが一斉に炎を吹き上げ、俺たちを取り巻いた。

 

「チッ、炎の円柱か……やっかいな」

 視界が遮られ、小さくセフィロスが舌打ちする。

「セフィロス……! アンタは……もう行ってくれ。アンタに万一のことがあったら……俺はクラウドに……」

 思わず口走った俺に、彼は低く叱責した。

「戦闘中に無駄な思考をするな。おまえは何をするにつけても、頭を使いすぎる」

「セフィロス……」

「思考すべきときと、剣の動くままに身を預けるときとを間違えるな」

 そう言うと、熱柱の内側に氷柱が迫り上がった。

 それも、もちろんセフィロスの魔法だったのだ。

 さきほどと同じように、氷と炎がぶつかり合い、巨大な蒸気が吹き上がった。

 

 

 

 

 

 

「オーッホホッホホホ! この時を待っていたわ!」 

 どこからか魔女の高笑いが響いた。

 水蒸気のせいで、ほとんど視界がきかない。

 

 シュン!

 と、空を切り裂く音…… つい、さきほど聞いた記憶のある冷たい音が、霧がかかった虚空から聞こえた。

 

「セフィロス! 危ない!」

 俺が叫んだときには、長い長い鉄の爪が、彼の右肩を貫いていた。

 魔女の炎の柱は、セフィロスに氷結魔法を使わせ、完全に視界を奪うためだったのだ。

 炎の柱でも、目隠しの役目は成せるが、彼女自身も近寄ることができない。だからこそ、魔術も達者なセフィロスが、さきほどと同じ手法で危地を脱すると読んだのだろう。

 敢えて霧を発生させ、近距離からセフィロスを攻撃する。

 虚空を瞬間移動できる魔女にとっては、視界を奪われた人間を始末するのはたやすいということだろう。

「セフィロス……!」

「騒がないで、坊や。この裏切り者を始末したら、すぐにおまえも楽にしてあげる」

「やめろ……!」

 必死にガンブレードを構え、引き金を引く。声はかなり近かった。ヤツはすぐ側にいるのだ。

 ガゥンガゥン!

 魔女の居そうな場所に向けて撃ち放つが、ヤツの嘲笑がさらに高らかになっただけだ。

 

「ホホホホ! まだそんな力があったのね。裏切り者のほうはどうなのかしら? もう声も出ないの?」

「……貴様は、『この時を待っていた』と言ったな。私もそうだ」

 セフィロスが常と変わらぬ声音で言い返した。

 身体には激痛が走っているだろうに、右肩を刺し貫いた太い針を左手で握りしめる。

 あろうことか、彼はそれをグイと引っ張り、さらに深く針を押し込んだ。

「セフィロス! やめろ!」

 すでに貫通している傷口とはいえ、それをさらに押し込めば、体内で異物が動くことになる。おまけに針という武器も、根元に近い方がより太いはずだ。

 

「セフィロス……!」

 だが、彼の左手はそれを掴んで放さない。

 やがて霧が晴れ、魔女の姿が現れる。

「貴様……どういうつもりだ……!」

 魔女が憎々しげに吐き出した。セフィロスに爪を掴み締められるとは考えていなかったのだろう。

 遥かに優位にありながら、おのれの想定とは異なる行動に出るセフィロスに、驚きを隠せないようであった。

 

「今だ、スコール・レオンハート!」

 彼の声に、身体が動いた。いや、『反応した』。

 『思考しすぎる』

 セフィロスにそう言われたせいなのだろうか。それとも、失血と負傷で、思考する能力がなくなっているからなのだろうか。

 俺の腕はガンブレードを構え、次の瞬間には、セフィロスを貫いている魔女の利き腕を、付け根からバッサリと斬り落としていた。

 それを為したと気づいたのは、女の濁った悲鳴とセフィロスの怒鳴り声であった。

 

「馬鹿者! この状態ならば、空いている腕か、そのまま本体を斬るべきだろう!」

「あ……いや……だが……」

「普段、物を考えてばかりのくせに、こんなときに誤った判断を下すな!」

 『アンタの肩に針が突き刺さっている様を見ていたくない』

 そう、答えたかったが、口が動かず、何故か腕と足が勝手に働き出す。

 

「スコール……! 消えよ!」

 冷静さを失った魔女は、飛翔することなく、そのまま俺に攻撃の矛を向けた。

 残された腕を差し伸べ、長い爪……針が、俺の心臓に向かって伸びてくる。

 『躱さねば』と思ったときには、すでにそれを躱していた。

 『斬らねば』と思ったときには、すでに剣が胴をなぎ払っていた。

「ぎあぁぁぁぁぁ!」

 魔女の断末魔の悲鳴が虚空に響く。

 その段に至っても、俺はどこか人ごとのようにぼんやりとやり過ごしていた。