End of Summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
Interval 〜04〜
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

「……クラウド……可哀想に…… あんな不安げな顔をして…… さすがにセフィロスは落ち着いているようだが……」

「……ヴィンセント」

 宥めるようにヤズーが私の名をささやいた。

 彼らの姿が見えなくなると、私はつい弱音を吐いてしまう。

 基本的に前向きな人間ではないのだ。クラウドの前でだけは気丈に振る舞ってはみたが、ヤズーのように出来た人間の前ではすぐに地が出てしまう。

「すまない……どうも私はおまえの前だと気が緩んでしまうようだ……情けないところばかりを見られているからだろうか……」

「やだなぁ、そんなことないってば。……ウフフ、それにそんな風に言ってもらえるのは嬉しいなァ、俺としては」

「……え?」

「なんかホラ、頼りにされてるみたいじゃない?」

「……ヤズー……」

「元気出してよ、ヴィンセント。あなたが暗くなっちゃうと、それこそ兄さんが可哀想だよ。それにね……」

「……?」

「それにさァ、ほら、あなたが出て行ってしまったときのこと……あれに比べりゃこの程度のこと、みんなどうってことないと思うよ」

「……あ……す、すまない」

「違うってば、そういう意味じゃないよ。ほら、みんなの様子見てご覧よ」

 そう言ってヤズーはオープンキッチンから、そっと居間を指さしてささやいた。

  

 『クラウド』の姿をしたセフィロスが、いつもの定位置……ソファの上に寝ころんで雑誌などを眺めている。いつもは長い足がはみ出てしまうのに、今はきちんと収まっているのが見て取れる。もちろん小柄なクラウドの身体をしているからだ。

 

 さっき泣いたカラスが……ではないが、『セフィロス』いや……クラウドは、もう年少の者たちとTVゲームに興じたりなどしている。きっとカダージュたちが無理に誘ったのだろうが、ゲーム好きのクラウドはすぐさま熱中してしまう。

 TVゲームをプレイするセフィロスの図……おそらくもう二度と見ることのないであろう構図を、私はマジマジと見つめてしまった。

 

「ね?」

 と、ヤズーにイタズラっぽく声を掛けられ、ようやく正気に戻る。

「え……あ……」

「ほら、ね。みんな思ったよりマイペースでしょ。なんとかなるって思ってるんだよ。もちろん俺もね」

「……ヤズー……」

「だからさ、あんまりクヨクヨしないで俺たちも適度に気楽に行こう。ヴィンセントは生真面目なんだから」

「いや……そんなことは……」

「そんなことより気になるのは……」

 そこまでいうと、言いにくそうに私をちらりと見た。

「……え? なんだろうか……?」

「……ううん。杞憂かな。ま、いいや、さっさと作っちゃお」

 ヤズーはそういうと、テキパキと腕まくりし、野菜を洗いに掛かるのだった。

 

 

 

 

 ……夜……

 

 どうも私は夜の方が目が冴えてしまって困惑する。

 昼間は、セフィロスなどに、「寝ているのか、貴様は?」などとバカにされるように、頭がぼうっと惚けていることも少なくない。それになのに、こと夜が更けると思考が定まってくるのだ。

 今日はいろいろなことがあったせいだろうか。いつも以上に寝付けない。

 ……アナログ時計はすでに深夜2:00近く……

 普通の人々はもはや寝入っている時刻だろう。

 

 私はそっとベッドを抜け出すと、ガウンを羽織り部屋を出た。

 こんな格好で外をふらつくわけにはいかないから、居間からサンルームを抜け、中庭に出る。この場所の奥の方に納戸があるが、中庭にはちょっとしたベンチなどが置いてあるのだ。

 そこに腰掛け、夜空を見上げる……ここから見える星はとても美しい……ミッドガルや魔晄に汚染された街とは異なり、空気が澄んでいるせいだろう。

 

 ここしばらく……ものすごい勢いで時間が過ぎ去っていった。それは私の身の上に、あまりに多くの出来事が起こったからであろう。

 もちろん、ディープグラウンドソルジャーのオメガ復活の目論見を阻止したこと……あれは筆舌に尽くしがたい忌まわしい事件で、時が流れても私の脳裏にあまりに鮮明に刻まれている。

 ……だが……ああ、いや……こんなことを口にしてもよいのだろうか。

 そう……今、このときだけ……正直な心持ちを述べてみようと思う。

 

 この身の内に秘めた不思議な力……カオスの存在が引き起こした忌まわしい事件……私は家の者たちに沈黙を守ったまま姿を消し、単身で決着をつけようとした。

 それはただの思い上がりであったことを、嫌と言うほど後から思い知らさせるわけであるが。

 一言も……なんの手がかりも残さなかった私を、クラウドは命がけで追ってきてくれた。いや、クラウドだけではない。ヤズーも……カダージュも、ロッズも……そしてセフィロスまでが、この身を案じて駆けつけてくれたのだった。

 人から『想ってもらうこと』……それがこんなにも喜ばしいことであったなんて……そしてそれがこれほど人を強くし……そして弱くする……

 私はあの事件を通し、そのことを身をもって知った。

 

 彼らを守るためなら、私はこの身の災禍など顧みずにそうするだろう。そう……彼らが私に対してそうしてくれたように。

  

 そして……ルクレツィアの忘れ形見……セフィロス。

 彼と私の数奇な運命……一時は互いに敵対し、命を狙い合う間柄であったにもかかわらず、この数ならぬ身を命がけで守ってくれた彼……

 クラウドの元の恋人であり、今も不思議な縁で彼の側にやってきた。セフィロスが何を思ってこの家に来てくれたのか、本当のところは私にもわからない。

 だが、それは結果的に側近くに居てくれることでもあり、私に新しい家族を作ってくれた。

 

 ……セフィロス……大切なセフィロス……

 私にとって、彼は特別な存在で……そう、クラウドとは異なる意味合いで愛しい人なのだ。彼女の息子……というだけではない。

 ……なんと言えばよいのだろうか……こんな気持ちになるのは初めてだ。

 

 ……君の視線の先にあるものを気にしてしまう。

 君が笑ってくれると、私も嬉しくなる。

 ほんの少し声をかけてもらっただけで、情けない心臓はドキドキと高鳴り、受け答えの言葉を必死に手繰るのだ。

 あの極限状況の中……あんな傷を負いながらも、最期の最期まで私を抱きしめ、黒い翼で熱から守り抜いてくれたこと……そして共に同じ情景を目にしたこと……

 

 これらはどれをとっても、陰鬱な私の人生の中で、まさしく僥倖であり、得難い恩恵であったと思うのだ。

 クラウドが側で笑っていてくれて……三人の青年達が集っていて……そして君が居てくれる。

 ……大げさだと笑われるかも知れないが、今、私は自らの生に感謝している。

 彼らと出逢えたこと……そして同じ場所で生活していること……毎日起こる小さな出来事……それらすべてがひどく愛おしく大切なものに感じられるのだ。

 おそらく、人はこれを『幸福』と呼ぶのだろう。

 ああ……私はとても幸せだ……

 

 

 ……だが……

 ……だが……セフィロス……は?

 彼にとっての幸福とは何なんだろうか。彼については、クラウドの事以上に考える時間が増えているのに、いつも思考はそこで止まってしまう。

 セフィロスにとっての幸福……

 それはいったいどういう状況で成し遂げられるのだろう。

 

 『約束の地を見つけ出す』と彼はよく口にする。

 この薄汚れた星ではなく、彼らのような「人」の枠組みから外れた者たちが、自由に生きられる楽園を作り上げると言っていた。

 それはおそらく、自らの出生を呪っていた彼が、その母の存在……『ジェノバ』の求めた地を代わりに探し出し、その存在を正当化させるための目的なのだろう。

 

 いつかセフィロスは旅立ってしまうのかも知れない。

 この星に見切りをつけ、その目的を果たすために居なくなる日が来るのかもしれない……

 

『おまえとクラウドはオレが連れて行く』

 何度となく言われた言葉だ。

 冗談めかした物言いの時もあったし、厳しい口調で言いつけられたこともあった。 

 彼は本当にそうするつもりがあるのだろうか……?

 クラウドは連れて行くのかも知れないが、私のことは……?

 

 今、この場所にいるときは、こうして構ってくれてはいるが、新しい世界に夢中になったセフィロスが、こんな私のことを顧みてくれるのだろうか? それどころか、側に居ることさえも許してくれないのではなかろうか……

 かつての恋人……クラウドを取り戻そうというのなら、その傍らに居る私は邪魔者以外の何ものでもないだろう。

 やはりクラウドは特別なのだろうと思う。かつて愛した少年だったのだから。

 

 ……いや……これではまるで、私はセフィロスに未知の世界へ連れて行って欲しいと言っているようではないか。

 違う……違うのだ。

 『約束の地』だとか……そんな場所は私にとってどうでもいいことだった。

  

 私は今の幸福を失いたくはないのだ。

 まるで、飢えた地獄の餓鬼が、ようやくありつけた食べ物を死守しようとするかのように……浅ましく乞い求めている。

 

 クラウドが私の腕を引き、ヤズーに微笑みかけられ、子ども達が側にくっついてきて……そしてセフィロスが見守ってくれる、今の幸福を……何に代えても守り抜きたい……!

 

 皆の集う場所がここ……コスタデルソルならばそれは嬉しいことだし、どうしても約束の地であるべきなら……そこでもかまわない。

 ……離ればなれになりたくない。

 私はまだ何一つ、君に恩返しをしていないんだ……セフィロス……

 

 

「おい、おまえ、何時だと思ってる」

 突っ慳貪な言葉に、私はハッと物思いから抜け出したのであった。

 

 金の髪が月明かりに揺れている。

 私に声をかけたのは『クラウド』であった……