〜 銀 世 界 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 セフィロス
 

 

 

 

「……セフィロス。よかったのでしょうか?」

「あ?」

 妙に神妙なツラがまえで訊ねてくる、ヴィンセントのイミテーション…… クラブの支配人である。

 すでに距離を取るような関係ではなくなっているのに、こうした場面では相当程度の気遣いを見せるのだ。

「いえ……実際、招き入れられて助かってはいるのですが……」

「なんだ、ここに呼ばれたことか?」

「……はい」

 わずかな間隙の後、彼は頷いた。

「いいも悪いもないだろ。おまえがいい返事をしなくても、ヴィンセントが勝手に迎えにいきそうな有様だったぞ」

 湿り気の残った髪をタオルで乱暴に拭う。この場所なら、湯に浸れば十分暖がとれる。だが、水道すらまともに使えなくなった場所にはいられないだろう。

「おまえがこっちに到着する直前まで、気を揉んでいたらしい。事故に遭わないかとな」

「はぁ…… あの方はお優しいですから」

「ここにきたからには、適当に甘えておきゃいいじゃねぇか。どうせ水も使えないんじゃ、あそこには長く居られなかっただろうが」

「ええ、おっしゃるとおりなのですが…… 交通も麻痺していますから、コスタ・デル・ソルを離れることもできませんしね」

「そうそう。ま、店も開けないわけだし、適当に羽を伸ばしておけ」

 乱暴に髪を拭ったタオルを放り出す。

「……まだ、濡れていますよ。長いのですから、きちんと拭いて下さい」

 彼はそう言いながら、放り出されたタオルを手に取り、オレの背後に立つ。

『綺麗な髪……このあたりに、こんな色合いの髪をもつ人はいませんよ。大切にしてください』

 初めて寝た翌朝に言われたことだ。めずらしく緊張を解いた柔らかな笑顔で言われ、悦に入ったものだ。

 今はその気に入りの髪から、丁寧に水気をぬぐってくれながら、静かに言葉を続けた。

「家のことはお手伝いできるのですが…… なんだかヴィンセントさんに申し訳ない気がして」

「はぁ……? そのヴィンセントに半ば強制的に呼ばれたんだろ? おまえが遠慮する必要はないじゃねーか」

「……相変わらず、人の気持ちを読まない方ですね、セフィロス」

「あぁ?」

「あなたの場合は読めるくせに、読まないから、よけいに始末が悪い……」

「なんだ、説教かよ」

「いいえ」

 苦笑しつつ、彼はオレの髪に櫛を入れた。

 そう……彼のマンションへ泊まった、翌朝のように。

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、まぁ、とんだことになった。

 生物にとって、最大の恵みは大自然の営みそのものであり、また最大の恐怖も、自然環境なのだろう。

 いくら、元ソルジャーだのなんだのと粋がって見せても、豪雪相手にゃ歯が立たない。

 それどころか、明日の暖を取る方法ひとつで頭を悩ませている状態だ。

 もっとも、この南の楽園に、まさしく青天の霹靂の如く、雪が降るなどという状況は想像もつかなかったわけだから致し方がないともいえるが、生活していくためには、何とかこの非常事態を切り抜けていかねばならないのだ。

 

「……やれやれ」

「どうしました? ため息なんて……めずらしいですね」

「いや……無力なもんだと思ってな」

「この悪天候の前に、我々ごとき人間が……ですか?」

「ああ」

 察しのいい支配人と、しばし窓に映る落雪を眺める。

 『我々ごとき人間』

 と、彼は言った。

 オレもわざわざ突っ込もうとは思わない。

 だが…… おそらくこの聡明な青年は、オレがいわゆる『通常の人間』でないことに気付いている。

 わざわざ、それを口に出すような無粋なことをしないだけで、なんとなくわかっているはずだ。

 特にあのネロとの一件以来……

 

「フン…… 外を眺めてても仕方がない。もっと楽しいことをしようぜ」

 と、彼の腕を取る。

 深夜ではないが十分遅い時刻だし、外は真っ暗だ。

「……ダメですよ。私は居候です」

「関係ないだろ」

「今夜は無理です。疲れているんです」

 すげなく細い身体を躱してくれる。

 普段なら応じないことなど、ほとんどないのに…… 先ほどから何度か口にしているが、ヴィンセントのことが引っかかるのだろう。

 このオレと、今のような関係になっていることに、ヴィンセントの存在がその理由だと思っているのだ。

 そして、それは間違いとはいえない。

 少なくとも当初は、完全に身代わりのように考えていたのが事実だ。

 ……だが、少なくとも今は、『それだけではない』つもりで扱っているのだが、なかなか理解させるのは難しいらしい。

 

「セフィロス。ここが境界線です。越境されませんように」

 使っていない夏がけを、細長く丸めると、ベッドの中央に敷居をつくる。

「……何もそこまで徹底しなくてもいいだろ。寒いんだから抱き枕くらいにはなれ」

「今は適温です。……あなたの場合は、なし崩し的になりますので」

 なんともつれない態度に、ため息のひとつも吐きたくなるが、この日は大人しく眠りについた。