〜 銀 世 界 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<18>
  
 セフィロス
 

 

 

 

「あ……あ……」

「しっかりヴィンセントさん! 手を放さないで!」

 目を開いたとき……切り出しの上のほうで、なにやらゆらゆらと揺れていた。

 信じたくもなかったが、そいつはどう見てもヴィンセントの細身であった。支配人が、腹ばいになって、ヤツの手首を握りしめている。

 さっきの突風で、吹っ飛ばされた形なのだろう。崖側は本当に足場が悪く、踏ん張れる場所がないのだ。

 しかし、何なんだ……コイツらは…… 本当にオレを助けにきたのか!? さらに窮地に追い込んでくれてんじゃねーか!!

「ヴィンセントさんっ! しっかり握っていてください!」

「だ、だが……このままでは、君まで……」

 ヴィンセントも細身だが、支配人も華奢なタイプだ。不安定な場所で、ヴィンセントを支え続けることなどできない。

「おい、もう少し頑張れッ!」

 オレは即座にとって返すと、ロープを持ってきた。昨日、身につけていたものだ。

 その端を輪っかにして振り回す。カウボーイを牛を捕まえるときの要領だ。

「ヴィンセント、空いている方の腕を上げろ! 少しでいい!」

 支配人は両手でヴィンセントの左手を握っていた。空いた右手が、恐る恐る持ち上げられる。

 痛めた左足に重心を置かぬよう注意しつつ、ロープを放り投げる。

 粉雪のせいで視界が開けていないのは厳しかったが、なんとか確保することができた。

「よし! まだだぞ、まだ力を抜くな!」

「は、はい……!」

 必死に応える支配人の身体も、ずるずると引っ張られている。  

             

「ヴィンセント、ひっかけた右手のロープをしっかりつかめ。アホッ!右手でだ!」

 パニックに陥って左手を動かそうとするヴィンセントを、慌てて止める。ヤツはぎこちない動作で、右手を操り、なんとかしっかりとロープを握った。

「いいか! ロープは手首に巻き付いているが、手でもしっかり握っとけ!」

 こくりとその場でヴィンセントが頷く。

「ヴィンセント! ほんの少しでも足場になる場所を探せッ! 壁面に段差があるだろう」

「あ、ああ……だが……本当に薄くて……」

「もう、落ちる心配はないからな! 落ち着いてそこに足をかけて、左手で壁につかまれ!」

「わ、わかった。やってみる」

 怯えながらも、なんとか理解はしてくれたらしい。もっとも理解できても、行動が伴わなければ意味はないのだ。

「……ヴィンセントさん…… 手、放しても大丈夫ですか?」

「あ、ああ……と、とにかくやって……みる」

 支配人のほうも限界だったのだろう。ヴィンセントが頷くのに、まかせてそっと手を放したようだった。

 

 

 

 

 

 

「あぁ……ッ!」

 短い悲鳴と、ガラガラと崖が崩れる音。ロープは岩に結びつけたが、オレもしっかりと握っている。

 その手にさらにグッと力を込めたが、強烈な引きは襲ってこなかった。

 ヴィンセントは何とか自力で崖にへばりついていた。先ほどまでの位置よりは大分下にずり下がってはいたが、なんとか頑張っている。

 ほんのわずか、ささくれのように段差のある壁面。そこに必死にしがみついていたのだ。

あの場所から上に引き上げるのは難しい。支配人しかいないとなれば、まず不可能である。

「ヴィンセント! ゆっくりでいい。足場を探して、こっちにこい!」

「……で、でも……」

「もう少しこっちに寄れば、オレが引きよせてやる」

「わ、わかった……」

 ヤツはかたつむり顔負けのトロさで、じりじりとこちらに身体をずらす。

 オレならばその場から、ここに向かって跳んでみせるところだが、ドンガメのヴィンセントにそれを要求するのは無理だろう。

「おい!」

 今度は支配人に向かって声を張り上げる。

「は、はい!」

 ヴィンセントをじっと見守っていたせいか、急にオレに声を掛けられて驚いた様子だった。

「おまえはすぐさま足跡を辿って元の場所に戻れ! ヴィンセントのことはいい!」

「え……あ、は、はい!」

 ようやく正気づいた様子で、ハッと顔を上げるとすぐに立ち上がった。

「急げ! きちんと行きの足跡を確認しながら戻れよ!」

「わ、わかりました! すぐにジェネシスさんたちを連れてきます!」

「頼んだぞ!」

 今度は支配人もグダグダ言ったりはしなかった。さすがに自分ひとりの力で、ヴィンセントとオレをどうにかできるとは考えられなかったのだろう。

 そうと決まれば聡明な男だ。すぐに何とかしてくれるはずだ。

 

「セ……セフィロス…… も、もう、これ以上は……」

 風に消されそうな弱々しい声が、壁伝いに聞こえる。

「……よし、そこからこっちに向かって跳べるか!?」

「と、とても……とどかないと……」

「完全にとどかなくてもいい。途中まででも跳べるなら、オレが引きよせる!」

 ……そうは言った物の、オレの足場から下は真っ逆さまだ。運動神経の鈍いヴィンセントでは躊躇するのもあたりまえだろう。

 

 バラバラッ!

 と、ヤツのしがみついている出っ張りが崩れかかる。

「ヴィンセント、いいから何も考えずに跳べ! オレがおまえを落っことすわきゃないだろッ!」

「セ、セフィロス……」

 よろよろと手を差し伸べると、ふいにヤツはその場所から足を離した。

 ……つまり跳んだのだ。

 

 バカか、こっちに向かって跳べと言ったのに、ほとんどその場所から変わんねーじゃねーか! 上向きに飛び上がってどうする!

 

 勢いに任せて、グンとロープを引っ張る。もちろん、オレも足場ぎりぎりまで身を乗り出してだ。勢いよく引っ張られた細身の身体。

 ああ、こういうときだけは、こいつの標準を遙かに下回る体重がありがたい。

 負傷した足首で、男一人の体重を支えるのは正直きつかったからだ。

「うわ……」

「……よしッ!」

 ヴィンセントを何とか受け止め、支えようとしたがバランスを崩す。どうしても片足だと踏ん張れない。

 そのままの格好で尻餅をついたが……まぁ、ヴィンセントは無事だった。