〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<107>
  
 ヤズー
 

 

 

 たまたま、それを最初に聞きつけたのが、俺だったのだ。

 ルーファウス神羅の要請で、ミッドガル本社での戦闘を切り抜けたのは、ほんの二週間前だ。

 情けないことに、俺自身負傷して、ベッドの住人と貸していたわけであるが、ヴィンセントもただではすまなかった。

 一時的にではあったが、見ることもしゃべることも出来ない状態にあったのだ。

 この家に戻ってきてからは、元気そうに振る舞っていたが、たぶん精神的な負担は相当なものだったのだろう。

 今、考えれば、俺が最初に気づいたのは良かった。飲み物を汲みに、たまたまキッチンへ入ったところであった。

 バスルームの方から、尋常でない悲鳴が聞こえたのは……

 

「ヴィンセント? ……ヴィンセントなの!?」

 昼前、体調の思わしくない彼を、無理を言ってベッドに押し込んだのだ。本人はなんともないというのだが、単に自覚していないだけだと思われる。

 睡眠薬と鎮静剤が効いて、眠りについているはずなのだが……

 

「ヴィンセント! ヴィンセント!?」

 俺は遠慮なしで、ズカズカとバスルームに踏み込んだ。

 悲鳴は間違いなく、こちらから聞こえたから。

 

 脱衣所への扉を開け放し、バスルームのガラス戸に手を掛けようと…… だが、その必要はなかったのだ。バスへのドアは開け放たれていて、そこには声の当人がへたりこんでいた。

 タオル地のローブは、頭から降りかかるシャワーでびしょ濡れ。もちろん、頽れた彼の頭も身体にも、水がしぶきをあげてまとわりついている。

 

「ヴィ……ヴィンセント!? どうしたの? ……ッ!! こ、これ、水じゃない! ちょっと冗談じゃないよッ!」

 一体この人はいつから冷水に身を任せていたのだろう。

 水しぶきを上げるシャワーは、湯どころか、氷のような冷たさなのだ。

「あ……あ……? ヤ、ヤズー?」

「そうだよ! しっかりして! 何があったの!? どうして……」

「ヤ……ヤズー…… ジェネシス……ジェネシスは……?」

 ヴィンセントは俺のほうに、手を差しのばしてきた。冷え切っているせいだろう。その指先はほとんど血の気はなく、ぶるぶると小刻みに震えていた。

「ちょっと……それどころじゃないでしょう!? ごめんよ、ヴィンセント!」

 俺はシャワーを置き台から引き外すと、湯の温度を上げた。もちろん、熱湯でやけどさせるわけにはいかない。彼の身体は、今、冷え切っているわけだから、ややぬるめくらいの温度に設定した。

「あ……ヤズー……」

「いいから! ちょっと大人しくしているんだよ」

 バスタブに湯を張る時間はない。いささか乱暴だとは思ったが、湯を勢いよく彼の頭からぶっかけたのだ。

「ゲホッ……ゲホッ……! ヤズー……」

「いいから話は後だよ! 身体を温めないと……!」

「……おまえまで……濡れてしまう……」

 埒もないことをボソボソと口にするヴィンセント。この状態で何を言っているのか……

 

「ねぇ、ヴィンセント……一体、どうしたの? 何か怖い夢でも見たの?」

「夢……?」

 彼はポカンとした様子で顔を上げた。彼の双眸はもともと美しい紅だが、今はそれが充血して腫れてしまっている。

「すごい悲鳴が聞こえたから…… ああ、よかった、兄さんがいなくて。居たらまた大騒ぎだ」

「夢……」

「何か怖い夢をみたのかな。だって、現実世界にはヴィンセントを脅かすものなんて、もう何もないじゃない」

 ことさらに声を励まし、俺はそう告げた。

 ヴィンセントがビクビクと俺を見つめる。まるで小さな子供が周囲を警戒するように。

「きっと疲れが溜まっていたんだよ。だから気が高ぶっているんだ。ヴィンセントってば、俺の身体のことばっかり心配して、自分のことは後回しなんだから。無理をすると心にも気持ちにもひずみが生じるんだよ。だからちゃんと休めてあげないとね」

 尋常でないヴィンセントに、一方的に話しかける。

 彼がいったいどうしてしまったのか……あの悲鳴がなんだったのか、俺にはわからない。だが、今必要なのは、ヴィンセントを安心させてやること。

『何も悪いことは起こっていないのだ』

 と理解させることだと思ったから。