〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<94>
  
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「……アスールのバカめが…… あんな輩ひとり相手に不覚をとって……」

 ジェネシスの相手をしているロッソが吐き捨てるようにつぶやいた。アスールと違って彼女はまだ余裕があるようだ。

 ジェネシスが遅れをとるとは思えないが、戦闘には純粋な能力だけではなく、武器の相性もある。

 アスールの大砲のような武器は破壊力は大きいが、攻撃スピードは遅い。その点、敏捷さとリーチで勝るセフィロスは優勢なのだ。

 ロッソの鉄環は、破壊力、スピード、リーチ……どれをとっても、剣を主体とするジェネシスよりも有利だ。

 そして女性であるということ。

 身体の軽さは、ただでさえ敏捷に動ける彼女にとって、決定的なアドヴァンテージであろう。

 

「悪いけど、ウチのセフィロスが強いんだよ。むしろ、君の同僚はよく頑張っていると思うけど?」

 ロッソの攻撃を剣で食い止め、ジェネシスが反論した。

「貴様もできそこないのわりにはしぶといな」

 彼女の紅い唇が、毒を含んで笑みの形に歪んだ。

「……一応、俺は君らと違ってただの人間なんだ。戦闘能力はそれなりの血と汗と涙の、努力の結晶だと思っていただきたい」

「クッ…… 本当におまえは何も知らぬのだな。あわれな……」

「黙りたまえ!」

 ギィィィンと、高い音がして、ジェネシスの黒剣とロッソの鉄環が、衝突し、互いを弾き合った。火花が飛び散り、一瞬ふたりの顔を白く照らす。

 

 朱のロッソ…… この女も、実験について、それなりの知識があるようだ。

 もっともネロの比ではなかろうが、愚鈍なアスールとは異なり頭の巡りも早いらしい。

 

「ヴィンセント・ヴァレンタイン。……貴方は敵。即座に排除する……」

 機械仕掛けの人形のような、高い声が無感動に私に告げた。

 慌てて意識を、目の前の少女に戻す。

「……排除……!」

 カッと彼女の武器が光を放った。

「う……ッ シェルク! シェルク、やめたまえ…… 君は……」

「排除……! 敵は……排除……ッ!」

「シェルク……!」

 名を呼んでも応えてはくれない。無表情なまま、次々に攻撃を繰り出し、私は寸でのところでそれを躱す。

 このままでは埒があかない。こちらから攻撃するつもりはないのだから。

 

 私は一か八かの賭に出た。

 私に彼女を撃つことはできない。偽善というならそうなのだろう。他のDGソルジャーは射殺しているのに、彼女だけは助けたいと考えているのだから。

 銃を構え、両手の武器を狙う。アレを破壊してしまえば、彼女の身体能力では素手で戦闘するのは不可能だろう。

 だが、ただでさえ、小柄な彼女の小さな手が握っている武器なのだ。 アスールの腕の大砲を狙うのとはわけが違う。一歩間違えれば致命傷を加えてしまう危険性も……

「排除……!」

「…………ッ!」

 神よ、もしここに居るのなら、何の罪もない幼気な彼女を守りたまえ……!

 

 ガゥンガゥン!

 

 一気に引き金を引いた。

「あぁ……ッ!」

 シェルクの悲鳴。

 電磁波を自在に操るライトセイバーが、光を失い虚空に放り出された。

「シェルク!」

「うぅ……」

 しゃがんで呻く彼女に駆け寄る。

「シェルク、大丈夫か!? ……怪我は……」

「ヴィンセント・ヴァレンタイン……? なぜ……」

 これまで、ただ空を彷徨うだけの双眸が、なんらかの感情を抱いて私を見た。

 何故、とどめを刺さないのか……自分を助け起こすのかと訊ねたかったのだろう。

 ……だが、私は彼女の言葉を、最後まで聞くことはできなかったのだ。

 

 ドッ!

 と鈍い音がして、小さな身体が魚のように、私の腕の中で跳ねた。

 彼女の肩よりも少し下……そう、心臓よりもわずかばかり上のあたりに、じくじくと赤黒い模様が浮かんできた。

「……役立たずが……! なぜこのような者がツヴィエートに選ばれたのでしょうねェ?」

 ネロが自らの指先についた血糊を舐め取った。

 シェルクの身体を貫いたソレは、自在に操れる、彼の肉体の一部であった。

 黒く……長く伸ばされた針のような爪。きっと硬度は鋼と変わらないのだろう。

「ネロ……ッ! なんて……ことを……!」

 ああ、もう……嫌だ。

 夢ならば……本当に夢ならば、私をコスタ・デル・ソルの明るい陽光の下へ戻してくれ!

 これ以上、人が傷ついて倒れる姿は見たくない。

 本当にこれは私の夢なのか? ならばなぜ、こんなにも残酷な場面を見せつけられねばならない?

 シェルクが…… この少女が何をしたというのだ……!?

「ご……ごほっ…… ごぼっ……」

 シェルクが苦しげに身じろぎする。その拍子に彼女の小さな唇から血が溢れ出た。

 私は慌てて彼女の身体を抱き起こした。血液で、喉をつまらせぬようにだ。

「その程度では死にませんよ。……できれば僕の手で処分してしまいたいのですが、彼女は戦闘能力よりも、別の力を買われているそうですから」

「……では……おまえは、戦闘能力では劣る少女を、わざわざ闘いの場に放り出したのか……? あらかじめ不利だとわかっていながら……?」

「おやおや、怒ったのですか? 言っておきますが、その者も貴方の敵なのですよ。ひとり減ってよかったではないですか」

「ふざけるな! ……私はおまえを軽蔑する」

 彼女の身体を抱き上げ、攻撃の余波のこない場所へ移動させる。

 ネロは鼻白んだ様子で、黙ってこちらを眺めていたが、その間は何も仕掛けては来なかった。