ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<28>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

 トゥルルルル……トゥルルルル……

 

「ヤズー、電話ッ! 兄さん!」

 一番最初に電話に飛びついたのは、末弟のカダージュだった。兄さんからだと言っていたが、電話口に出たのは、ヴィンセントだった。

「ヤズー! ヤズーだなッ!」

 いつもは穏やかな彼の声が、焦燥でうわずっている。

「そうだよ! こっちは無事。……何かあったの!?」

「ヤズー! ホテルに車を寄越してくれ! それから家に医者を……!」

「……ッ!! わかった。10分待たせないから!」

 俺は即座にそう返答した。

 何が起こったのか……?

 赤ん坊は無事に手渡すことができたのか……?

 誰か負傷した者がいるのか……? ならば怪我の程度は……?

 訊きたいことは山のようにあった。だが、ホテルに行けばすぐにわかることだ。今はとにかくヴィンセントの指示どおりに動くこと。

 それが一番重要だと心得ていた。

 

「カダ、ロッズ! 部屋片づけて、お湯沸かしておけ!」

 青ざめたふたりにすぐさま指示を出し、俺はセフィロスを振り返った。

「セフィロス、今すぐ山田先生呼んできてッ 頼んだよッ!」

 それだけ言い残すと、キーを手に俺は部屋を飛び出したのであった。

 

 俺がホテルに到着したのは、電話を受けてから、本当にかっきり10分後であった。

 スピード違反はこの際許してもらう他ないだろう。もちろん、帰路もだ。

 ホテルの正面玄関に車を着け、外に飛び出すと、一面にガラスの破片が散っている。うっかりサンダルなどで歩いたら、足の裏がメチャクチャになりそうな有様だ。

 フロントに飛び込むが、誰もいない。嫌な予感が脳裏を横切る。

 いや……動揺するな。

 このホテルにはすでに神羅に封鎖されている。もともと彼らの所有物なのだ。たやすいことだろう。

 いったんホールに足を向けるが、エレベーターは危険かもしれない。階段を上がろうかとも考えたが、戻りは怪我人も一緒だ。歩くことが出来る状態ならいいが、万一ということもある。

 俺は、エレベーターホールへ戻り、敢えて適当に一台を選び、無人のまま機動させてみた。

 ……大丈夫だ。動いている。

 

 最上階に到着すると、エレベーターの扉が開くのももどかしく外へ飛び出した。すぐさま、ヴィンセントに指定された部屋を探し出し、ノックの返事も待たずにドアを開けた。鍵は掛かっていなかった。

「ヤズー!! よかったッ 待ってたんだよ!」

 すぐに飛び出して来たのは、兄さん、その人であった。見たところ無傷とは言えないが、たいした怪我をしているわけではない。

 てっきり俺は、兄さんに何かあったと思っていたのに。電話をしてきたヴィンセントはしっかりしていたし、あの慌てようから兄さんに何かあったとしか……

 まさか赤ん坊……? いや、姿も見えないし、泣き声も聞こえない。

「ヤズー! こっち、手、貸して! 急がなきゃ……」

「あ、ああ。兄さん、無事だったんだね? 赤ちゃんは!?」

「え? ああ、あの子なら心配ない。ちゃんとレノに渡した」

「そう!よかった……でも、ヴィンセントがひどく慌ててたから、てっきりあなたか赤ん坊に何かあったんだと……」

「違うよ、俺じゃない。俺の怪我はたいしたことないから……ッ でも、でも……どうしようッ! 俺……また……ひどいことしちゃった……何の関係もない人なのに……!」

「……え?」

 ボロボロと泣き出す兄さん。いったい誰がどうしたというのだ……!?

 床にぶちまけられた花瓶……瀟洒なソファは蜂の巣も同然だ。高そうな絵画が砕けた額縁からこぼれ落ちれ、目も当てられない惨状である。

 ドクンドクンと早鐘のように鼓動が激しくなる。

 ヴィンセントなのか? ヴィンセントの身に何か……?

 

 兄さんが先に立って、奥の部屋の扉を開けた。

 巨大な寝台が見え、ヴィンセントの背が見えた。天蓋付きの寝台からは、ヴェールが降りており、それが彼の身体の半分を隠していたのだ。

「ヴィンセント……! ヴィンセントッ!」

 彼は突っ伏すように上半身を、ヴェールの中に埋めている。すぐさま側に駆け寄り、ベッドの中を覗き込む。そして次の瞬間、俺は思わず息を飲んだ。

 そこには思いもしない人物が横たわっていたからだ……

 

 

 

  

「血が……血が止まらないんだ……」

 ヴィンセントがつぶやいた。涙で声が掠れている。

 彼はタオルで横たわった男の腕を押さえていた。そう……もうひとりの『セフィロス』の腕を……そこは真っ赤に血が染みだしていて、押さえているヴィンセントの手もひどく汚れていた。

「ヤズー……ヤズー……どうしよう……どうしよう……ッ!」

「……『セフィロス』……?」

「私と赤ん坊を庇ってくれたんだ……ヴィンのことも助けてくれたのに……」

「みゅ……みゅん、みゅん」

 ヴィンが、小首を傾げて『セフィロス』の指先を舐めている。俺に気づくと、訴えるように

「みゅあぁ〜ん!」

 と、声を上げて鳴いた。

「血が……止まらない……」

「……裂傷?」

「狙撃されかけた……守ってくれたんだ……ああ、『セフィロス』……『セフィロス』……」

「……ヴィンセント、落ち着いて」

 俺は彼のとなりにかがんで、頭を抱きこみ髪を撫でた。

「銃弾は……? 残っているの?」

「……貫通している。だが出血が……ひどくて……! 少し前までは気丈に振る舞っていたのに……どうしよう……どうしよう、ヤズー……!!」

「ヴィンセント、しっかり……! 俺たちが動揺してはダメだよ。大丈夫……『セフィロス』は大丈夫だよ」

「ヤズー……ヤズー……」

「さぁ、すぐに彼を家に運ぼう。医者、呼んであるから。……兄さん、タオル!それから何か縛る物!」

「え……ええと、救急箱とかあるけど……タオルって……あ、バ、バスタオルが浴室にあったと思う」

「持ってきて、急いでッ!」

 ガチガチと震えるヴィンセントを兄さんに任せ、俺は新しいタオルで傷口を覆い、包帯で固定した。出血を止めるため、腕の付け根をロープで縛る。そのショックが気付け代わりになったのだろう。『セフィロス』がうっすらと目を開いた。物言いたげに薄く唇を開く。

 驚かさないように、傍らからそっと顔を出し、汗で張り付いた前髪を梳いてやった。

「……『セフィロス』、俺の家族を守ってくれてありがとう」

 彼の手を握り、静かにそう告げる。するとさもくだらなそうに、フンと鼻で笑ってみせた。

「しっかりして。気を確かにね。すぐに楽になるから!」

「……なん……とも……ない」

「もう、本当に強情な人だね!」

 わざといたずらっぽくそう言い放ち、汗の浮いた額をタオルでそっと拭った。

 額がひどく熱い。傷のせいで発熱しているのだろう。裂傷の部位はそれほど危険がある場所ではないが、短時間に血が流れ過ぎている。傷口そのものよりもショック症状のほうが恐ろしかった。

「『セフィロス』。ちょっとだけゴメンね。つらいだろうけど、俺に負ぶさってくれる? 兄さん、ヴィンセント! 手を貸して、早く!」

「……いい……自分で……歩く……」

「無理しないで。頼むから」

 噛んで含めるようにそう言い聞かせ、俺は蒼白い彼の頬に口づけた。何とか信用を得ようとして。

「兄さん、ヴィンセント!」

 ふたたび強く促すと、彼らがそっと『セフィロス』に手を掛ける。もちろん、傷口には十分注意して。

 『セフィロス』は抗いはしなかった。いや、ほとんど意識を飛ばしかけているのだ。自力で動くことなど不可能であったのだ。

 長身の彼を背負うのは、いささか骨が折れたが、重さはそれほど感じない。俺自身、かなり必死だったのと、うちのセフィロスよりも彼の方が細身であったのかもしれない。

 ふたりの手を借り車に乗せる。セフィロスの身体は傍らから兄さんとヴィンセントが抱きしめるように守っていた。

「飛ばすよ。彼のことしっかり押さえて上げててね!」

 怒鳴りつけるようにそう叫ぶと、俺は一気にアクセルを踏んだ。