ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
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 KHセフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、コレもうね、本当にね。チミたち、何時だと思っているんだかねェ。うちは救急病院じゃないのだからしてね、コレ」

 おかしな物言いで室内に連行されてきたのは、ずいぶんと陰気な面もちの男であった。白衣を着ていることから、どうやらこの者が医者だと見受けられる。

「そういうな、非常事態だ。帰りはウチの美人が送っていく。安心しろ」

「あー、だからね、ソレ。いくら美人とはいっても、ヴィンセントくんもヤズーくんも男のコであるからしてね、コレ。小生、やはり男より女人のほうがいいわけであるよ、コレ」

「ちょっと、センセ! 無駄口叩いてないで、早く見てやって! 『セフィロス』が……『セフィロス』が……ッ!」

 陰気な医師を無理やり引っ張ってくるのは、クラウドだ。もちろんこちらの世界の。

 同じ『クラウド』でありながら、この子はなんて明るく真っ直ぐに成長しているのだろう。

「はぁぁ? 『セピロス』くんて、君ね。ここにいるじゃないかね、この大っきいの」

「オレは『セフィロス』だと言ってるだろう。発音を違えるなボケが!」

 というのはもうひとりの『私』だ。

 皮肉なものだ。姿形は違わぬものの、魂の在りようの隔たりはいかばかりか。意志的な双眸、力強い言葉、粗野とも言えそうな立ち居振る舞いに自信のほどがあふれ出ている。

 ……強い男なのだと、そう思う。

 

「……よぉ、兄弟。災難だったな」

 そんな様を眺めていると、不意にこちらに向かってセフィロスが声を掛けてきた。

「おい、さっさと看てやれ。オレの弟だ。すぐに治せよ」

「チミねェ、すぐに治せって、相手は人間なのだからしてね、コレ。オモチャの修理とはワケが違うのだからね。えー、あー、じゃあ、アレだ、弟くん。ちょっと失敬するからね、コレ」

 そういうと医師は私の傍らの椅子に腰掛けた。ずいぶんと面白い話し口調をしている。

 ……しかし言うに事欠いて『弟』とは。まぁ異邦人の私を説明するのに上手い言葉が見つからなかったのだろう。そういうときは黙したままでいるのが一番良い。

「ん〜……肩を縛ってあるね。怪我をした状況と具合を聞かせてくれるかねェ」

「はい、先生ッ!」

 私自身が口を開く前に、すぐさま返事をしたのはヴィンセントであった。真っ青な顔をして小刻みに震えている。……元来、血を見ることなど苦手な人物であろうに。いったい何の理由があって、見ず知らずの私のために心を砕くのだろう。

 彼は『自分と赤ん坊を助けてくれた』というが、それほど感謝されることではない。ただ何となく、目の前に居る生き物が、凶弾に倒れる様を見るのが煩わしかっただけだ。

 彼らは赤ん坊を守り、自らも必死に生きたいと思っている連中だ。口に出してそういわずとも、おのれの生に迷いが無い者どもは生き様を見ればすぐにわかる。

 こちらのクラウドも、小さな赤ん坊はいうに及ばず、彼……ヴィンセント・ヴァレンタインだとて、自らの生を必死に生きているのだろう。

 

「傷口は銃傷です。弾は貫通していますが、出血が多くて…… 消毒や手当を施す前に、なにより血を止めなければ……どうにも仕方がなくて……」

 ヴィンセントの震える声音が徐々に掠れてゆく。

「フームフムフム。腕を縛って止血してあるが、コレ……」

「す、すみません……動揺してしまって……最初は傷口をタオルで押さえていただけなんです。腕を縛ってくれたのはヤズーで……私は……本当に情けないほど……どうしていいのか……」

 色味の少ない頬に、ボトボトと涙が伝って床に落ちた。ヴィンセント・ヴァレンタインはずいぶんと涙もろい人間のようだ。立ち居振る舞いや物言いは、クラウドなどよりよほど落ち着いていて思慮分別があるように見えるのに、涙腺は脆弱らしい。

「オイィィ! ヤマダー! ヴィンセントいじめるなッ! このっこのっ!」

「ち、違うからね、コレ。私が泣かせたわけじゃないからねェ。誤解しないでくれたまえよ、クラウドくん。あー、チミね、ヴィンセントくんは泣き虫だねェ。困ったものだよ、コレね」

 クラウドと医師のやり取りに、場違いにも吹き出しそうになってしまった。

 こちらのクラウドの所作は、何をとっても新鮮で面白い。同じ『クラウド』なのだから、もっと鬱屈した部分があってもおかしくはないと思うのだが、もうひとりのあの子に比べると遙かに溌剌としている。

 ……環境が個体に及ぼす影響は、たいそう大きいと言えるのだろう。

「ちゃっちゃっと治してよ、ヤマダー! 早く!」

「チミねぇ。無茶を言ってくれるね、クラウドくんね、コレ。だいたい『ヤマダー』とはどうかね、アレ。合体ロボットではないのだからしてね、コレ」

 ぶつぶつと口の中で文句をいう医師。

 この世界は道化師だらけなのだろうか。どの人物を見ていても吹き出しそうになる。つい大傷を負った身だということを忘れそうになるほどだ。

「あー、じゃ、ちょっと傷口診ようかね。場合によっては輸血も考えんといかんからね、コレ」

「は、はい……よろしくお願いします、先生。あ、あの……差し出がましいようですが、処置のときは局部麻酔を……私のせいで……これ以上彼がつらい思いをするのは……もう……」

 というのはヴィンセント。あまりの気遣いように、さすがに私も言葉を挟んだ。

「……ふふ、何ともない。よけいな気遣いは無用だ、ヴィンセント・ヴァレンタイン」

「で、でも……『セフィロス』……」

「いいと言っている。……私は大丈夫だ……すべて医師に任せる」

「『セフィロス』……本当に……すまなかった…… ずっとここに付いているから……! どうか……」

 ずいぶんと思い込みの激しい青年だ。神経質な性格であるのは、少し話しただけでわかったが、今はやや病的なほどに感じる。

「ヴィンセント、落ち着いて、ね? お医者さんが居るんだから、もう大丈夫だよ」

「ヤズー……で、でも……『セフィロス』が……『セフィロス』が……私のせいで……」

「あなたはよくやったよ、とてもね。可哀想に……つらかったろうね。でも、もう安心して。ちゃんと山田先生が治してくださるから」

 年齢はヴィンセントが上だろうが、慰めている長髪の青年のほうが落ち着いているようだった。

「山田先生」

 とあらためて医師に声を掛けたのも彼であった。

「先生、止血をしたのは俺です。見よう見まねですけど。おそらく怪我をしてから30分くらいは経っていたでしょう」

「フームフム、そうかね。では診ようかね。すまんが、看護師がおらんからね。誰か手伝ってくれんとね、コレ」

「先生、私がッ」

 即座に申し出るのはヴィンセントだ。

 真っ赤な目……は生まれつきだろうが、今は涙のせいでよけいに紅く潤んでいる。

 初対面でも感じたことだが、ヴィンセント・ヴァレンタインの造形はたいそう美しい。いや美貌という点では、彼……そうヤズーの容姿も際だったものだ。だが、髪の色や瞳の色が自分自身と似ているせいか、それほど強い感慨を受けない。

 対して、ヴィンセント・ヴァレンタインの髪の色は漆黒だ。きっとこういうのを鴉の濡れ羽色というのだろう。わずかにクセのかかった長い髪が緩やかに背にかかっている。そして血の色を模したルビーの瞳……この世に……しかも人体などにこんな不思議な色彩があるのかと疑わしくなるほど蠱惑的な色味をしている。

 そんなことを考えていると、医師が無愛想な口調でもの申した。

「うーん、ヴィンセントくんね。ちょっとね、コレ。チミは泣いてるからイカンねぇ、コレ。今にも卒倒しそうな顔色ではないかね、チミね」

 その言葉と口調があまりに調子外れで、ついつい口もとが歪んでしまう。

「そ、そんなことは……!」

「いいからいいから、ヴィンセント。ここは俺が手伝うよ。ああ、もちろん、あなたはここに居てあげて。『セフィロス』の側に着いていてあげなよ」

「ヤズー……わかった」

 ようやく頷くヴィンセント。

「『セフィロス』、私がずっと着いているから。嫌でなければ反対側の手を繋いでもいいだろうか。少しでも力になれればいいのだが……」

「……私は大丈夫だ。だが、それでおまえの気が済むのなら好きにすればいい」

 そう告げると、さっそくというように、彼は私の手をギュッと握りしめてきた。やや骨ばった細い指……冷たい手が熱を帯びた私には心地よかった。

 そんなやり取りの間にも、もうひとりの『セフィロス』が、煮沸した器具や、消毒用具、包帯に薬などを、医師の指示に基づき配備し、クラウドや他の者が、湯を張ったボウルや氷などを運ぶさまを、私は他人事のように眺めていた。