ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<31>
 
 KHセフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 肩の戒めを解かれ、腕に巻き付けられたタオルが外された時、ズキリと雷のような痛みが半身を襲った。顔には出さなかったつもりではあったが、じっとこちらを凝視しているヴィンセントは気付いたのだろう。

 痛ましげに眉が寄せられ、両の手でぎゅっと膝を押さえた。

「ム〜……フームフムフム。いや……これはちょっと、まぁ、アレだわな。思っていたよりも深いわなァ。痛いでしょ、コレ」

「ちょっ……先生ェ、患者を動揺させるようなコト言わないでちょうだい。この人はとても繊細なんだからね、もうひとりと違ってね!」

「なんだと!ぶん殴られてーのか、イロケムシ!」

「言葉のアヤでしょ? いちいち反応しないでよ、この状況で!」

「コレコレ、ケンカはイケンよ、イケン。あ〜、まぁ、アレだわなァ。コレ、ひとつ消毒して縫合しましょ」

「……縫うの?」

 と末の子どもが恐る恐るつぶやいた。

「あ〜、そうねェ。ちょっと深そうだからね、コレ。あ〜、ヤレヤレ、準備してきてよかったわなァ。わしは、コレ、やっぱりデキるんだねェ、コレ」

 痩躯の医師はブツブツと自画自賛していた。

 傷は痛むのに、なんだか可笑しくて吹き出しそうになる。

 ……しかし、縫合とは厄介なことになった。明日にはホロウバスティオンへ戻らねばならぬのに。リミットは明日の正午なのだ。グズグズしている暇はない。

 

「……手間を掛けるが、迅速に処置してくれ」

 私がしゃべると、周囲の者どもが一斉にこちらを見た。医師も例外ではなかった。当事者でありながら、これまでほとんど口を開いていなかったせいだろう。

「フームフムフム。承知しましたよ、コレ。あー、チミね、セピロスくんの弟さんね。チミのほうが落ち着きがあっていい青年だねェ、コレ。お兄ちゃんにもチミを見習ってもらいたいわなァ、コレ、ホント。」

「黙れ、このヤブ医者! 無駄口叩いとらんで、さっさと治しやがれ!」

 と、私が口を開く前に、もうひとりのセフィロスが反撃した。

 ……ずいぶんと気の短い男だ。気に入らないことがあれば、直接行動に出る人間なのだろう。

 だが、同じ顔をしていながらも、おのれとは対極にあるこの人物を、私は不快には思わなかった。むしろその直情的な物言いや態度を、不思議なほど好ましく感じていた。

「なんだ、てめェ、何をヘラヘラ笑ってやがる!」

 突っ慳貪にそう言われて、初めて彼を見ながら微笑していたことに気付いた。

「言っとくがなッ! トロくてニブくて鈍くさい、てめェの失態のおかげで、わざわざ医者呼んで看病してやってるんだぞ! いわば、現時点でオレ様は貴様の恩人というわけだ。敬え、この野郎」

 と言われて、本当に可笑しくなって、小さな声を立てて笑ってしまった。

「セ、セ、セ、セ、セ、セフィロスッ! ああ、なんてことをッ! き、君という人は……どうしてそういう物言いをするのだ……! か、彼は私たちを守るために怪我をしたのだぞ! 命の恩人というのなら、彼の方がその立場だッ!……ああ、もうッ!!」

 ひぃぃぃとばかりに、仰け反るようにして叫んだのは、ヴィンセント・ヴァレンタインであった。その文句にセフィロスは「ケッ」と悪態を吐いた。まるで母親に叱られた不良少年のように。

「ああ、すまない……すまない……申し訳ない……あ、あれは彼の本心ではないのだ。本当は君にとても感謝している。ただ少しばかり言葉を選ぶのが不得手で……悪い人ではないのだが……」

「ふ……」

 掻き口説くようなセリフに、またもや笑みが口をついた。

 ……ああ、この家に連れられてから、幾度笑ったことだろう。まるで一生分の笑いの機会を集約してしまったかのように。

 

「……本当にすまなかった……彼に代わって不躾な発言を謝罪する。どうか許してほしい」

 泣きつかんばかりに謝られて、返答に困惑する。

 私はまったく不愉快には感じていなかったし、むしろこの寸劇は私の苦痛を紛らわせてくれたとさえ言える。

「……いや、気にすることはない。その男の言葉通りだ。世話を掛けるな、ヴィンセント・ヴァレンタイン」

 きっと私はうっすらと彼に笑いかけていたのだろう。その様を覗き込み、ヴィンセントはハラハラと儚げに落涙した。そして怪我をしていないほうの手を、両手でギュッと握りしめてきた。

 ……やれやれ。

 いったいどのように言ってやれば、この繊細な人物は落ち着いてくれるのだろう。

 繰り返すが、私はもうひとりのセフィロスを、まったく不快には思っていないし、他の者たちに対しての警戒心も薄れている。

 想定外にこの地に取り残された直後、クラウドやヤズーらに無理に引き連れられそうになったときは、穏やかならざる違和感と焦燥を感じたが、彼らの在りようと帰還の術が見つかった今となっては、何も恐れることはなくなっていた。

 

   

 

 

「あー、コレね。そろそろ始めるからね、いいかね、弟くんね、コレ」

「ああ……いつでも」

 私は低くそう応えた。

「ヤズーくん、注射器取って、局部麻酔の入ってる細いヤツね、ソレ」

 医師がそういうと、すでにきちんと薬液を注入し終えてある器具を、ヤズーが医師に手渡した。すでに彼らは指先の消毒を終え、医療用の薄いゴム手袋をしていた。

 初めてあの熱砂で出逢った時には、まともに顔を見合わせることもなく、その場から離れたのだが……おかしなもので、むしろ重篤な傷を負った今の方が、気持ちが安定している。

 そのせいか、彼らの細やかな行動や表情の動きなども、自然見取る余裕があるのだ。

 

 冷たい感覚が肩に広がった。

 麻酔薬を打たれたのだ。針を刺される痛みはほとんど感じなかった。

 ゴムのチューブで、ふたたび肩を縛られる。きっと血止めのタオルを外した後、わずかなりとも新たな出血があったのだろう。

 銃傷というものは当たり所が悪いと思わぬ出血があるようだ。我ながら驚くほどに流血していた。以前、脇腹に斬り傷を負ったときとかわらぬほどの有様であった。

「うーん、やっぱしね、一応縫合しておいたほうがいいようだね、コレ」

「……任せる」

「フムフム。全身麻酔じゃないがね。薬が回るとちょっとボウッとすると思うよ、コレ。眠れるものなら眠っちまいなさいよ、チミ」

「…………」

「まぁ、アレだわなァ、コレ。深いには深いが、傷口は割と単純だからしてね。それほど時間はかからんよ、コレね」

「…………」

「無口な人だねェ。ホントにチミはセピロスくんの弟なのかねェ。ちょっと信じられないよねェ、コレ」

「うるせぇ!放っておけ、ヤブ医者! オラッ!麻酔が効いてきてんだろ。さっさと済ませろ、この野郎」

 一通り、ふたりの漫才を見終えたところで、ようやく医師は作業にかかった。思えばそんなやり取りで、麻酔が完全に効くのを待ち、なお、私の緊張を解きほぐそうとたのかも知れない……と考えるのは、我ながら善意的な解釈であろうか。