ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<32>
 
 KHセフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 傷口が引き連れるような感覚……おかしな具合に引っ張られ、内側を探られるような不快な感触が半身を襲う。麻酔が効いているとみえて、痛みはないのだがあまり心地よいものではなかった。

 眠ってしまえばいいというのは、いささか乱暴な意見と思える。さすがにこの違和感、不快感を前に、眠りに着くことはできそうもなかった。

『気色悪い』……というのが、一番近い気分だろう。

 知らず知らずのうちに、冷や汗がこめかみを伝った。

 それをヴィンセントが、タオルで拭ってくれる。熱で火照っている私の額を濡れタオルで冷やすと、ふたたびギュッと片手を握りしめてくれた。

 ぼんやりとした視界に『自分の姿』を見留める。もちろんそれは私自身ではなく、もうひとりのセフィロスである。

 彼は隣室に移動したらしい。そこのソファに座って、なにやら新聞だの読み物を眺めていた。そう、まるきり私のことになど関心がなくなった様子で。

 居間とサンルームの繋ぎのあたりでは、行ったり来たり落ち着かない様子のクラウドがいる。きっと血を見るのが苦手なのだろう。手術を見ようとはしない。

 小柄の少年……カダージュといったか、彼はロッズという大柄な青年と不安げな様子で立ちつくしていたが、ヤズーに頼まれ事をすると、すぐに指示通り動き回っていた。

 驚くべきことに当のヤズーは、たいそう手際よく医師のアシスタントを努めており、生々しい傷口や出血にも眉一つ動かさなかった。

 

 やがて、医師が、大きく息を吐き出すと

「あー、コレ、終わりね、終了だわなェ」

 と言った。

「あー、コレ、ご苦労、ヤズーくん。」

 猫背で貧相な男などと悪口を言ってしまったが、医師としての腕はそこそこよいらしい。

縫合を施したらしいが、時間も長くはなかったし、麻酔もきちんと効いていた。

「ロッズ、ボウルのお湯を新しくしてこい。カダは新しいタオルを出して来てくれるか」

 と、指示が出されると、ふたりの青年はすぐに動き出した。施術が終わったせいだろう。彼らの緊張も和らいだようだ。

「……お疲れさま。つらかった?」

 ひょいと顔を見せて、なだめるようにヤズーがささやきかけた。

「……いや……痛みは、ない」

 とだけ応えた。

「あー、コレね。今は麻酔が効いているからねェ、ソレ。切れたあとにちょっと痛みますかねェ。あー、熱もね、出るだろうしね、どうしても、コレ」

「……大丈夫だ」

「いやー、今は大丈夫だって言っててもねェ。こればっかしは致し方ないよなァ、ウン」

「先生ッ! 薬をッ! 彼に負担がかからないように、万全を尽くしてくださいッ!」

 私の手を握りしめたまま、ヴィンセント・ヴァレンタインが、するどい声で言った。その常ならぬ様子に驚いたのだろう 、クラウドが彼を見て、目を丸くしている。

「あー、ヴィンセントくん、チミねぇ、怖いねぇ〜、普段は大人しいのに、コレ。わかってますよォ、私だってね、コレ。こちらが解熱剤と痛み止めだからねェ。様子が悪いようだったら、適宜飲ませて頂戴」

「承知いたしました。それから、先生ッ!食事や世話で何か気を付けることは!?」

 ……私は明日の朝には消えるわけなのだが……

 ヴィンセントはいったい何を考えているのだろうか? ふとヤズーと視線が合うと、彼は諦めたように、ふぅと吐息し、両手をあげて首を振ってみせた。

『ああいうときのヴィンセントは、誰にも止められないよ』

 と、いうように。

「え〜、まぁ、そりゃァ、ええと〜。包帯は定期的に取り替えることだよねぇ、コレ。あー、食べ物はチミ、別に病人というわけではないからねェ。そんでも痛みと熱が引くまでは、消化のいいものがよいだろうねェ」

「わかりました……ええと……では明日のメニューは……」

 細い指先を口元に宛て、ブツブツと小さくつぶやく。

 私は沈黙を守ったまま、静かに横たわっていた。

「あー、まぁ、アレだ。わしにできることはここまでだわなァ。とにかく動けるようになるまでは、安静にしていたまえよ、コレ、弟くん」

「…………」

「下手に動かして傷口が膿んだりしたら厄介だからねェ、コレ」

「……ああ」

「縫合の糸は自然に解けてなくなるから。そう、少なくとも一週間は動かしてはいかんね、コレ」

「…………」

「あ、先生、俺、送ります」

 ヤズーが車のキーを持って、さっと立ち上がった。

「じゃ、ヴィンセント、山田先生、送ってくるから。彼のこと頼むね」

 などとご丁寧にも言ってゆく。

 ……本当に、めでたいばかりにお人好しの集合体だ。

 私と同じ姿形の「セフィロス」も、この場所に居て毒気を抜かれてしまったのかもしれない。口は悪いが、それなりに彼らとの生活を楽しんでいるように見て取れた。

「ヤズー、気をつけて…… 先生、夜分遅く、本当にありがとうございました」

「あー、もう、これね。チミたちの家は、もうホレ、アレだからねェ、仕方ないよなァ。まぁ、くれぐれもお大事にね、ソレ」

 陰気な面持ちのわりには気遣いのある言葉を残し、貧相な医師は場を辞した。もちろん、送っていくと言っていたヤズーも一緒にだ。

 

 

 

 

 

 

 ふと軽い眩暈がし、麻酔の余韻のような眠気を感じた。

 私としたことが、ここに来て緊張の糸が途切れたのかもしれない。まったくらしくもない醜態だ。

 その様子に、もうひとりのセフィロスが目敏く気づいた。

「……寝ろ。大分体力を消耗しているはずだ」

「あ、ああ。そうだな。もう休んだ方がいい」

 ハッとしたように、ヴィンセントが言った。

「『セフィロス』、痛い? あの……大丈夫?」

 おずおずと訊ねてきたのは小柄な少年……カダージュという末弟であった。

「……大丈夫だ」

 と私は答えた。彼は微かに笑ってくれた。

「……では、休んでくれ、『セフィロス』。……今夜は私がずっと着いているから、どうか安心して……」

 ごく当然のようにそういうのは、ヴィンセントであった。

「いや……無用だ。おまえだとて怪我をしているだろう」

「私は膝をすりむいた程度だ。なんともない。……部屋に帰っても君のことが心配で眠れそうもない……」

「……おやさしいことだな」

 口にした後、その言葉が嫌みに取られなければいいと思った。

「ん〜、じゃ、こうしよう。さっき山田センセも言ってたけど、後で熱が出ると困るでしょ? ひとりじゃ動けないだろうし。だから、俺が側についてるよ。ヴィンセントや兄さんはかなり消耗しているはずだからね」

「で、でもヤズー……私は……私は……彼の側に居たい……」

 掠れた声で、ヴィンセントがつぶやいた。自称恋人のクラウドがボスボスとクッションに八つ当たりをしている。

「側についていたいんだ……」

「うん、わかってる。だからね、居間の大きなソファ、ソファベッドになるじゃない。それを運んでくるから、ヴィンセントはそこに寝て。もちろん、『セフィロス』と一緒にこの部屋で」

 ヤズーが言った。今度こそ、ヴィンセントは否とは言わなかった。

 時刻はもう真夜中になる。

 ……ああ、何て長い一日になったのだろう。昼間ではごくあたりまえの退屈な時間を過ごしていたのに。

 

 他の者たちが引き取り、サンルームにソファベッドが運ばれてくると、ヤズーはそこをきちんとメイクして、ヴィンセントを寝かせた。

 まだ起きていて、私の様子を看るといっていた彼はやや不満そうであったが、何のことはない、寝台に横たわると同時に、気絶するように眠り込んでしまった。

「疲れてたんだよ。あたりまえだよねェ」

 といって、ヤズーが微笑んだ。

「さぁ、君も寝て。……安心して、ね?」

 人形のように美しいおもてが柔和に微笑み、

「おやすみ……」

 とささやくと、私の額にそっと口づけた。抗う意味もないと思ったので、為されるがままに横になっていた。