ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
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 KHセフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズクズクと熱い痛みに、目を覚ます……

 ……いや、半覚醒の状態であった。

 自分が寝台に横になっているのはわかったし、少し手を伸ばせば、冷たい水を得られることも知っていた。もちろん、深夜……それもやや明け方に近いくらいの時刻なので、室内は真っ暗だ。なんとか物の形状が見て取れるのは、ほのかな明かりを点しているクラシックなランプのおかげであった。

 

 ……水が欲しい。

 だが身体が動かない。まるで寝台に見えぬ針金で括り付けられているかのように、身じろぎ一つできないのだ。

 ……おかしな具合だ。

 もうひとりの自分が、寝付いている自分を見つめているような……肩の痛みは本当だったし、吐息が早くなっていることも自覚していたが、その様をさえ、幽体離脱した『もうひとりの自分』が眺めているようだった。

 しばらくの間、私はそうしたまま、半分泥のような眠りの中で、そしてもう半分は現実の痛みの中でじっと息を潜めていた。

 眺めるとも無しに、中庭の方に目をやると、ぼんやりと霞がかったモノが、カーテンを透かして見えた。……いや、正確には『感じ取れた』だ。

 

 ……ああ、ここにも?

 と思う。

 そう、これは空間移動の予兆だ。

 まもなく時空の亀裂が生まれ、この場所とどこかを繋ぐ。

 ……しかし、この土地……というか、『世界』はずいぶんと不思議な場所だ。ホロウバスティオンならば、空間のひずみが生じてもおかしくはない不安定な状況にあった。

 それゆえ、時空の亀裂が発生し、別世界と繋がることがあったとしても、それほど驚きはしなかったのだ。事実、『本来私の属すべき世界』はホロウバスティオンではなく、そこから連結する別次元に存在する。城の一画には、固定的に私の世界へ移動できる空間の亀裂があるのだ。

 もっとも、そこに執着があるわけでもないし、どの場所に居たとて、私という存在は異端なのである。

 

 ……ああ、いや、そうではない。そんなことはどうでもいい。

 今はここ、コスタ・デル・ソルの話だ。

 先だって、クラウドを伴いこの土地にやってきた際には、海岸線に放り出された。そこはまもなく口を閉じてしまったが、しばらく時を過ごしている間に、何度かこの土地で、時空が動く気配を感じたのだ。

 してみれば、やはりこの世界の中でも、特別にこの土地は磁場になっているのかもしれない。『空間のひずみ』などと軽々しく口にするが、それ自体は非常に特殊な現象だし、安寧な世界にはそうそう発生はしない。

 なにはともあれ、この土地は頻繁に『亀裂』が発生しやすい磁場にある、とだけは断言できよう。それゆえ、もうひとりの『クラウド』もここにやってきたし、この家の子どもは、二度もホロウバスティオンに行ったのだ。

 

 明日の正午に同じ海岸沿いに生まれ出る亜空間……そこならば、元いた場所、つまりホロウバスティオンに戻れる。それはあのホテルで過ごした数日の間、ほぼ確信したと言えるほど、明確に感じ取っていた。

  

 

 

 

 ……規則的な……時計の針の音。

 時はことさらゆったりと過ぎてゆく。

 ……しかし、こんな民家の庭にまで断層が生じるとは……この中庭に生まれようとしている時空の狭間は、いったいどこに繋がるのだろうか……?

 読み取ることができないかと、意識を集中させる。すると、ぼんやりと対岸にある世界が瞼の裏に浮かんだ。

 ……見覚えのある場所だ。ホロウバスティオンではないが……

 だが……ああ、『アレ』はいったいどこだったろう?

 熱に浮かされた頭では、それ以上、思考を続けることができなかった。脳裏に徐々に形作られたものが、煙のように消えてゆく。

 片腕の痛みと熱が酷くなってきた。

 ズクンズクンズクンという鼓動が、まるで耳元で脈打っているかのように聞こえる。

 私はなんとか身体を動かして、サイドボードに置かれた鎮痛剤と水差しを手に入れようと努力した。

 

「……『セフィロス』?」

「…………」

「『セフィロス』、傷が痛むんだね?ちょっと待って……」

 そう言って手早く薬を取り出したのは、ヤズーであった。今まで眠り込んでいたであろうに、いっさい眠気など感じさせないような、静かで穏やかな口調で。

「ああ、ダメ。自分で動く必要はないよ。よいしょっと……」

 細身の男だが、存外に力があるらしい。

 彼は負傷した肩の反対側にまわり、私の半身を起こしてくれた。すぐに背中にクッションを敷き、身体を安定させてくれる。

「……ハァハァハァ」

 我知らず、せわしない吐息が漏れる。

 他人の手を借りて、起こしてもらったにもかかわらず、これだけの動作で疲労が襲ってくるのだ。

「……数時間前に手術したんだよ。あたりまえだよ。さ、お水」

 まるで私の心を読み取るような言葉をつぶやき、唇に冷たい水の入ったグラスを宛ってくれた。

 それを一気に飲み干してしまう。とても一杯では足りなかった。

 彼もそう思っていたのだろう。すぐにもう一杯の水を寄越してくれた。最初のグラスで大分乾きを癒やされていたせいか、二杯目の水はゆっくり味わって飲み下した。

「……手間を掛ける」

 はぁと大きく息を吐き、彼の顔も見ずに、私は低くつぶやいた。

「ううん、全然。ね、それより最初の一杯の水に鎮痛剤溶いておいたんだよ。気が付いた? だから、すぐ楽になるからね」

 夜目にも艶やかな美貌が、柔和に崩れた。

「……気づかなかった」

 と、私は言った。

「うふふふ。喉渇いてたでしょうから、ちょっと苦くても味なんてわかんないだろうと思ってさ。一杯目に入れておいたの」

「……ああ、フ……まったく……わからなかった」

「さぁ、横になろう。鎮痛剤には解熱効果もあるからね。すぐに楽になって眠れるよ」

「……ああ……」

 ヤズーはもう一度、私を支えて寝台に戻すと、額のタオルを代えてくれた。

 そのタオルはひやりとするくらいに冷たくて、彼が氷水を使っているのだと知れた。

「おやすみ、『セフィロス』。ぐっすり眠って」

 その言葉に魔法を掛けられたように、私は再び泥のような眠りに落ちた。

 その直前に、さきほど眺めていた中庭の『亀裂』が、どこにつながるのかをなんとなく理解した……