嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それから数日。

 クラウドのガキはいつ来るとも当てにならない連絡をひたすら待ち続けていた。

 家に居るときは電話の前に陣取り、携帯もこまめに確認する。荷物の配達に出たときも、寄り道などせず、仕事を終えたらすぐさま帰途につくらしく、帰宅時間はいつになく早い日が続いた。

 おそらく外に出ているときにも、携帯のチェックは怠ってはいないのだろう。

 だが、彼が待ち望んだ電話は、いっさい入ってこないようだった。

 

「……ごちそうさま」

 メシのおかわりもせず、クラウドは箸をテーブルに戻した。

「兄さん、もういいの? 口に合わなかった?」

 心配そうに訊ねるヤズー。

「そんなことないよ、美味かった。今日はもうお風呂入って寝るね」

 一応、『兄さん』と呼ばれる立場上からだろうか。なんとか無理やりにでも微笑み返す。ヴィンセントが居なくなってから、家のことはイロケムシことヤズーが代行している。もともと器用なヤロウだし、それ自体はたいして負担になっていないようだが、クラウドの消耗を見ているのは、調子のいいロン毛野郎にとってもツライことらしい。

 

「じゃ、おやすみ」

 パタンとドアが閉まった後、ガキどもがしょんぼりとつぶやいた。

「兄さん……元気ないね……僕、心配だよ」

 とカダージュ。

「兄さん、可哀想……」

 とロッズ。

「……だいじょうぶだ。兄さんはそんなに弱い人じゃないからな。今はまだ落ち着いて思考できないだけだろう」

「うん……でも……」

「ヴィンセントだって、時期が来たら必ず連絡してくれるはずだ」

 言い聞かせるように、ヤズーがガキどもに話す。こんなときのイロケムシは、まさしく聖母のような慈愛を湛えている。本当にコイツだけはオレでさえ、本心の読めないヤツだ。

 

「だから、もう少し待ってみよう。兄さんもきっとそう考えているんだと思う」

 ……心にもないことを。

 クラウドのクソガキがただひたすらダメージを負って、泣き濡れていることなどお見通しのくせに。一番可愛がっている末の弟をなだめるためには何でも口にするというのだろうか。

 ああ、いや、それはいささか思いやりのない言い方だな。

 客観的に見ても、ヤズーがああいってガキどもを宥めるのは、的確な状況判断だといえよう。なぜならカダージュだのロッズだのが泣こうと喚こうと事態は変わらぬであろうし、ならば、大人しく事の展開を待たせた方が遙かに精神衛生上有効だ。

 

「カダージュ、ロッズもあまり心配するな」

「う、うん……そうだよね。ヤズーの言うことだもん。ウソじゃないよね」

「ああ、もちろん。俺が今までおまえたちに嘘をついたことがあるか?」

「ん……」

 ようやく頷くものの、やはりいつもの食卓に、人がひとりいないというのは違和感がある。しかも母親代わりだったような人間だ。

 

 ヴィンセントは、ほとんど口を開かないし、ようやくしゃべったとしても、聞き取れないほどの小さな声でだ。クラウドみたいに騒々しくもないし、イロケムシのようにフェロモン男のわけでもない。もちろん俺のように男らしく強いわけでもなかったが……

 それでも不思議と存在感のあるヤロウだった。

 例えば……そう、よくガキどもが『ヴィンセント浴』などと言って、洗濯物を畳んでいるあいつの近くに集まってじゃれついていた。

 一度、言葉の意味を訊ねたことがあるが、ヴィンセントの近くで微睡んでいると、「癒される」らしい。

 

 まぁ、そんなわけで、自己過小評価のすぎるあの男は、自覚がないだけで、この家の中に置いてはかなりの重要人物であったのだ。

 クラウドも今のところは気丈に振る舞い、日常生活をおろそかにはしないように振る舞っているようだ。だが心の消耗はかなり激しいのだと推察される。

 あのイロケムシでさえ、ときたま虚ろな眼差しで外を眺めている。他のガキどもがどれほど寂しがっているのか知れようといったものだ。

 

 ……しかし、ヴィンセントめ、いったい何だというのだ。

 クラウドたちにああ言いはしたものの、「事情がある」と推察はできても、その事情そのものについてはなんの心当たりもない。

 おそらくオレたちがらみの……つまりはこの家に起因した事柄ではないのだろう。

 

 ならばヴィンセント自身のこと……か?

 ヤツ自身のことと言えば……その身体のこと……になるのであろうか?

 いや、宝条のいない今、誰に何を尋ねに行くというのか。まったくもって今さらの話だ。自分の中でその事件の決着は付いていると、ヴィンセントは言っていた。もっとも本心か否かを確かめる術はないが。

 ……では、以前一度苦しんだ、リミットブレイクの受忍限度の問題なのか? いや、それこそわざわざこんな回りくどい手段を講じる必要はなかろう。ひとことオレに言えばいいだけだ。

 ……まぁ、もっともあの男が素直に縋ってくるとは思えないが。

 

 オレは考えを巡らせつつ、室の前まで行き、ふと思いついて踵を返した。そのままの足でクラウドの部屋へ向かう。多分、風呂を終えて自室に戻っている頃だろう。

 

 

 

 

「おい、オレだ。開けろ」

 オレはノックもせず横柄に声をかけた。

「……セフィ? 開いてるよ」

 気乗りのしない小さな声を気にも掛けず、オレは無遠慮に扉を開いた。後ろ手にバンとドアを閉じつつ話しかける。

「フフン、ずいぶんと堪えているようだな、クラウド」

 肩を落としたまま、ベッドに座る彼にそう言ってやる。

「……堪えてるよ、あたりまえだろ」

「そんなにあの男が恋しいか?」

「恋しいよ……会って抱きしめて欲しい……キスして欲しいよ」

「やれやれ」

 オレの物言いが気に入らなかったのだろう。

 初めてクラウドは顔を上げ、オレをキツイ蒼の瞳でにらみつけた。

  

「……セフィは……セフィは、誰に対しても恋しく思うようなことってないの? 一度もそんな気持ちになったこと、ないの? アンタにとって『愛してる』ってなんだよ……! 結局、身体だけの関係なのかよッ!」

「何を唐突にいきり立っている。昔話でもしたいのか?」

「アンタ……俺のこと好きだって……言ってくれたことあったよね? そのときでさえ……神羅に居たあの頃のことでさえ、本気じゃなかったの?」

「…………」

「この前、一緒に温泉に行ったとき、言ってくれたじゃんか……俺のこと、ちゃんと好きだったって……少なくともあの頃は、本気で大切に想ってくれてたって……」

「……で?」

 一呼吸置いて、俺はそう言い返した。

 

「……で、って何だよッ! 訊いているのは俺の方だろッ!」

「だから、『それで』だ? オレの気持ちを訊ねてどうする。しかも遙か過去の忘れかけた思い出を聞き出してどうしたいんだ? それとヴィンセントのことが何か関係するとでも?」

「そ、そうじゃないけど……ア、アンタが俺をバカにするからだろッ! どうせ……どうせ、俺は弱いまんまだよ。強くなれたって思っていたのは、ヴィンセントが側に居てくれたからだ……」

 クラウドの声音が滲んでゆく。

「……ヴィンセントが俺の側に居てくれて……俺の名前、呼んでくれて……髪撫でてくれて……」

「おい、泣くな、ガキ」

「仕方ないだろ……ッ! 涙……出てきちゃうんだよ……ッ!」

「そんなところは本当に昔のままだな、クラウド」

 俺はソファから立ち上がると、ベッドに腰掛けるクラウドのとなりに座った。