嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

「……セフィ……」

 案の定、長い睫毛に涙の粒を引っかからせたまま、俺を見上げている。

「とにかくもう少し待ってみろ。……以前にも言ったろう。あいつは大人の男なんだ。それもおまえより遙かに年長のな。いろいろ考えることもあるんだろうよ」

「考えることって……? ずっと年下の俺なんかに組み敷かれるの苦痛だったのかな……いつも恥ずかしがっているように見えただけで、本当の本当に嫌だったのかなァ……」

 無防備なツラでつぶやくクラウド。

 大分精神的にきているのだろう。普段ならば口にしないような明け透けの物言いをする。

 

「ヴィンセント……俺とすんの、嫌だったのかな……」

「……少なくとも合意の上でなんだろうが。ああいったことに年齢は関係ないんじゃないか」

「じゃあ、セフィは? 俺、セフィロスと一緒に居た頃、ああいうことされるの……最初は恥ずかしかったし……たまに怖いと思うこともあったけど……でも、なんていうのかな……『屈辱』みたいに感じたことはなかったよ」

「…………」

「むしろ……なんか安心するっていうか……ああ、ちゃんと俺のこと好きなんだよな、愛してくれてるんだよな、って、自分の中で確認してた」

「……そうか」

「ねぇ、セフィだったら、嫌? 自分より背も低くて、年下のヤツにやられるの……」

「バカか、クソガキ。このオレにそんな真似出来るヤツなんざ居るわけないだろうが」

「……まぁ、それはそうけどさ」

 がっかりしたように俯くクラウド。なんでもいいから意見が聞きたかったのだろう。

 

「とにかくヴィンセントの件は、そんな理由ではないと思うがな。あくまでオレの意見だが」

「そう? ホントに? セフィ、そう思ってるの?」

「おまえのことが嫌いなら、わざわざこの家にくっついてくるはずないだろ。よしんば最初は一緒に居たとしても、さっさと出ていけば済むことだ。今になってあんな形で姿を消すのは解せない」

「……セフィロスがそう言ってくれると……そうかなって思える……かな。へへへ、やっぱ、オレ、成長ないかもね」

「まったくだ」

「……あっさり頷かないでよ」

 ムッとしたように頬を膨らませるクラウド。

「まぁ、おまえはそういう単純なところが可愛らしいんだがな」

 ベシッと額を平手で叩き、そう言ってやった。

「邪魔したな、ガキ。風邪を引く前にさっさと寝ろ」

 そう告げると、話は終わりというように立ち上がった。

 

 名残惜しげに扉のところまで、オレの後をくっついてくるクラウド。

「ね、セフィ。何か用があったんじゃないの?」

「……退屈しのぎにおまえの泣き顔を見物に来ただけだ。用は済んだ」

「ちょっ……すぐアンタはそういう言い方する!」

「フン」

「でも……あの、ありがと、セフィ」

「なんだ、それは鬱陶しい」

「俺のこと、心配して、部屋来てくれたんでしょ?」

 子どもの頃のような可愛らしい笑みを浮かべ、クラウドは言った。泣いたばかりだから、頬にうっすらと涙の跡が残り、大きな瞳も潤んでいる。

 そんなふうにしていると、本当にこの子は可愛らしい。

「さてな、何とでも好きに思っておけ」

 適当にかわして踵を返す。

「あ、待ってよ、セフィ」

「……なんだ。まだ何かあるのか?」

「うん」

 コクンと頷くと、桜色の頬を、さらに濃い朱に染め、クラウドはスイと背伸びをした。そのまま、オレの唇に接吻する。

「……ちょっとだけ、元気出たよ。ありがと、セフィロス」

 それだけいうと、気まぐれな金髪チョコボは、おとなしく部屋に引っ込んだのであった。

 

 ……やれやれだ……

 

 

 

 

 パッとルームライトをつけ、室内に入る。

 ヴィンセントが居なくなったせいか、なんとなく前より雑然とした印象があるのだ。ああ、部屋の散らかりようというよりもむしろ、さりげなく窓辺に花が飾ってあったり、ブランケットやソファの柄を替えてくれたりなど、そんなことにも気を配るようなヤツがいなくなったからだろう。
 
 こまやかな心配りがないと、こうも室内の雰囲気が変わるのだろうか。

 ひとつ溜め息を吐き、バスルームに入る。

 クソ熱いシャワーを頭から浴びつつ、思考を巡らせた。

 

 やはりどうしても行き着くのは、あの男のことについてだ。

 ……ヴィンセント……

 

 ったくどこで何をしていやがる。

 クラウドにああは言ったものの、オレだって明確に思い当たることはない……多少の考えがないわけではないが。

 居間に放りだしてきたままの新聞……その中の小さな記事を思い起こす。唯一の心当たり……というか予測はそこに書かれていた。もちろん、あくまでもオレの勝手な推察であり、確証はこれっぽっちもないのだが。

 ……しかし、このオレ様の気を煩わせるなど、いい度胸だ、あの野郎。

 これで、何事もなかったようなツラで、いつものようにオドオド戻ってきてみろ。ただじゃ済まさん。ガキのお守りその他諸々、面倒分のツケは支払ってもらう。ああ、もちろんこちらの望む形でだ。

 

 湯船に浸かるのが面倒くさくなって、そのままシャワーのコックを捻った。ふたたび熱い湯が頭から落ちてくる。

 長い髪から泡が融け出し、身体から石鹸の残滓が流れ落ちる感覚を楽しみつつ、いっときだけ双眸を合わせた。

 キュッと音を立て、栓を閉める。

 巨大なバスタオルで乱暴に全身を拭い、ローブを羽織ると、シャワールームから出ようとした。

 

 ……と、そのときだった。

 

 ピピピピ……ピピピピ…… 

 テーブルの上に放り出しておいた携帯が、耳障りな電子音を鳴らしている。

 

 ……誰だ、こんな時間に。

 ああ、あいつか。アレには携帯の番号を教えてある。もっとも向こうからかけてくることは滅多になかったが……この時間なら、まだ店からだろうか。
 
 話のネタではなかったが、今の話題の主、ヴィンセントによく似た黒髪の支配人……彼との付き合いは、未だ心地よい形で続いている。

 

「……オレだ」

 二つ折りのそれを取り上げ、名乗りもせずにそう言った。いささか面倒くさそうな物言いになってしまったのは、今時分ということとヴィンセントの一件に気を取られていたからだろう。

 

『あ、あの……夜分にすまない……』

 電話の主は、オレの予想とは異なっていた。

『……セフィロスだろうか……? ……私……あ、いや、ヴィンセント……なのだが……』

 

 オレは携帯電話を握りしめたまま、奇妙な気分で突っ立っていた。